おろした。機会は今後に残されているのだ。それなれば、ミイラのような醜骸《しゅうがい》を借りて日本へ戻って来た甲斐はあるというものだ。
「……死にはいたしませぬが、少々|不始末《ふしまつ》があるのでございます」
「不始末とは」
「ああ、こんなところで立ち話はなりませぬ。さ、うちへおはいりになって……」
「待って下さい。わしにはひとりの連《つ》れがある。その方はわしの恩人です。わしをこうして無事にここまで送って来て下すった大恩人なんだ。その方をうちへお泊め申さねばならない」
 母親はおどろいた。治明博士の呼ぶ声に、隆夫は闇の中から姿をあらわし、なつかしい母親の前に立った。
(ああ、いたわしい)
 母親は、しばらく見ないうちに別人のようにやせ、頭髪には白いものが増していた。
「レザールさんとおっしゃる。日本語はお話しにならない。尊《とうと》い聖者でいらっしゃる。しかしお礼をのべなさい。レザールさんは聖者だから、お前のまごころはお分りになるはずである」
 母親はおそれ入って、その場にいくども頭をさげて、夫の危難を救ってくれたことを感謝した。
 隆夫はよろこびと、おかしさと、もの足りなさの渦巻《
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