ンもない小貨物船であった。
 それでも岸壁には、手をこっちへ振っている見送り人があった。船員たちが、ハンドレールにつかまって、帽子をふって、岸壁へこたえている。煙突《えんとつ》のかげからコックが顔を出して、ハンカチをふっている。隆夫のたましいが、つかまっているマストの綱《つな》ばしごにも、二三人の水夫がのぼって、帽子を丸くふっていた。かもめでもあろうか、白い鳥がしきりに飛び交っている。その仲間の中には、隆夫のたましいのそばまで飛んできて、つきあたりそうになるのもいた。
「港外まで出ないと、ごちそうを捨ててくれないよ」
「早く捨ててくれるといいなあ。ぼくは腹がへっているんだ」
 かもめは、そんなことをいいながら、この汽船が海へ捨てるはずの調理室《ちょうりしつ》の残りかすを待ちこがれていた。
 隆夫のたましいは、久しぶりにひろびろとした海を見、潮《しお》のにおいをかいで、すっかりうれしくなり、いつまでも眺めていた。白い航跡《こうせき》が消えて、元のウルトラマリン色の青い海にかえるところあたりに、執念《しゅうねん》ぶかくついてきた白いかもめが五六羽、しきりに円を描いては、漂流《ひょうりゅう》
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