目をつけたような姿をしている。ところが、隆夫の実験小屋へはいって来て、彼のたましいを追い出し、彼の肉体を奪《うば》った怪物は、ちゃんと男の姿をしていた。同じたましいでありながら、なぜこのように、姿がちがうのであろうか。この疑問を、父親にただしたところ、父親のたましいは、次のように答えた。
「たましいというものはね。たましいの力|次第《しだい》で、いろいろな形になることが出来る。実は、本当は、たましいには形がないものだ。まるで透明なガス体か、電波のように。が、しかし、たましいには個性《こせい》があるので、なにか一つの姿に、自分をまとめあげたくなるものだよ。これはなかなかむずかしい問題で、お前にはよく分らないかも知れないが、お前は、自分で知っているかどうかしらんが、お前はおたまじゃくしのような姿をしているよ。つまり日本の昔の絵草紙《えぞうし》なんかに出ていた人間と同じような姿なんだ。これはお前が、たましいとは、そんな形のものだと前から思っていたので、今はそういう形にまとまっているのだ」
「へえーッ、そうですかね」
 と、隆夫は、はじめて自分のたましいの姿がどんな恰好《かっこう》のものであるかを知って、おどろき、且《か》つあきれた。
「それはいいとして、お前の肉体を奪った悪霊《あくれい》を、早く何とか片づけないといけない」
 父親治明博士は苦しそうに喘《あえ》いだ。


   城壁《じょうへき》の聖者《せいじゃ》


 その夜、するどくとがった新月《しんげつ》が、西空にかかっていた。
 ここはバリ港から奥地へ十マイルほどいったセラネ山頂にあるアクチニオ宮殿の廃墟《はいきょ》であった。そこには山を切り開いて盆地《ぼんち》が作られ、そこに巨大なる大理石材《だいりせきざい》を使って建てた大宮殿《だいきゅうでん》があったが、今から二千年ほど前に戦火に焼かれ、砕かれ、そのあとに永い星霜《せいそう》が流れ、自然の力によってすさまじい風化作用《ふうかさよう》が加わり、現在は昼間でもこの廃墟に立てば身ぶるいが出るという荒れかたであった。
 しかも今宵《こよい》は新月がのぼった夜のこととて、崩《くず》れた土台やむなしく空を支《ささ》えている一本の太い柱や首も手もない神像《しんぞう》が、冷たく日光を反射しながら、聞えぬ声をふりしぼって泣いているように見えた。
 一ぴきの狼が突如として正面に現われ、うしろを振返ったと思うと、さっと城壁のかげにとびこみ、姿を消した。いや、狼ではなく、飢えたる野良犬《のらいぬ》であったかも知れない。その犬とも狼ともつかないものが振返った方角から、ぼろを頭の上からかぶった男がひとり、散乱《さんらん》した円柱や瓦礫《かわら》の間を縫って、杖をたよりにとぼとぼと近づいてきた。
 彼は、たえず小さい声で、ぼそぼそと呟《つぶや》いていた。
「……しっかり、ついてくるんだよ、わしを見失っては、だめだよ。……もうすぐそこなんだ。多分見つかると思うよ。アクチニオ四十五世さ。新月の夜にかぎって、廃墟の宮殿の大広間に、一統と信者たちを従えて現われ、おごそかな祈りの儀式を新月にささげるのだよ。……隆夫、わしについてきているのだろうね。……そうか。おお、よしよし。もうすこしの辛抱だ。わしはきっとアクチニオ四十五世を探し出さにゃおかない」
 と男は、杖をからんからんとならしながら、空に向って話しかける。
 彼こそ、隆夫の父親の治明博士であったことはいうまでもない。彼は、奇《く》しきめぐりあいをとげた愛息《あいそく》隆夫のうつろな霊魂をみちびきながら、ようやくこれまで登ってきたのである。
 隆夫のたましいは、どこにいる?
 彼の姿も形も、まるでくらげを水中にすかして見たようで、はっきりしないが、治明博士の頭上、ややおくれ勝ちに、丸味をもった煙のようなものがふわふわとついて来るのが、それらしい。
 博士は、杖を鳴らしながら、廃墟《はいきょ》の中を歩きまわった。大円柱が今にもぐらッと倒れて来そうであった。宙にかかったアーチが、今にも頭の上からがらがらどッと崩《くず》れ落ちて来そうであった。博士は、そういう危険をものともせず、土台石の山を登り、わずかの間隙《かんげき》をすりぬけて、アクチニオ四十五世たちの祈祷場《きとうじょう》をなおも探しまわった。どこもここも墓場《はかば》のようにしずかで、祈りの声も聞えなければ、人の姿も見えなかった。
 博士は、泣きたくなる心をおさえつけながらもよろめく足を踏みしめて、なおも廃墟の部屋部屋をたずねてまわるのだった。
「あ、あそこだ!」
 とつぜん博士は身体をしゃちこばらせた。博士は目をあげて見た。そこは西に面した高い城壁の上であったが、あわい月光の下、人影とおぼしきものが数十体、まるで将棋《しょうぎ》の駒《こま》をおいたよ
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