んのお友だちも、ほとんど絶望して、お父さんはもう生きてはいないだろうと噂しているんですよ。よく生きていて下すったですね」
隆夫のたましいは、うれしさいっぱいで、父親のたましいにすがりついた。
「うん、みんなが心配しているだろうと思った。しかし知らせる方法もなかった。それにわしとしても、明日生命を失うか、あるいは一時間後、十分後に生命を失うかも知れず、おそろしい危険の連続だった。いや、今も安心はしていられないのだ。それはいいが、お前はどうしたんだ。さっきから、いぶかしく思っているんだが、お前の肉体はどこにあるんだ」
父親は、心配の様子。
慈愛《じあい》ふかい父親の心にふれると、隆夫のたましいは、悲しさの底にしずんで、
「お父さん。聞いて下さい。こうなんです」
と、これまでに起ったことを、父親に伝えたのであった。
霊魂《れいこん》の研究者
すべての事情を、隆夫のたましいから聞きとった父親治明博士のたましいは、大きなおどろきの様子を示した。
「それは、実におそるべき相手だ。そういうひどいことをする霊魂は、尋常一様《じんじょういちよう》のものではないよ。たいへんな力を持っている奴だ。これはかんたんには行かないぞ。いったい何者だろう」
父親のおどろきが、意外に大きいので、こんどは隆夫の方でおどろいてしまった。しかしこのとき隆夫は、父親のおどろきとなった素因《そいん》のすべてを知っているわけではなかった、披は、まだ霊魂界のことについては、ほんのわずかのことしか知らないのであった。
「お父さん。そんなに、あの霊魂は、おそるべき奴ですか。ぼくには、何もかも、さっぱり分らないのです。いったい、霊魂というものが出たり、はいったりするのは、どういう法則に従うものでしょうか。いや、それよりも、ぼくは霊などというものが、ほんとにあることを、こんどはじめて知ったのです。お父さんは、それについて、くわしく知っているようですね」
隆夫のたましいは、次から次へとわきあがる疑問やおどろきを、父親の前にならべたてた。
「霊魂の学問は、なかなか手がこんでいるんだ。つまり複雑なのだ。古い時代にいいだされたでたらめ[#「でたらめ」に傍点]の霊魂説から始まって、最新の霊魂科学に至るまで、実に多数の霊魂説があるのだよ。わしは、お前も知っているとおり、生化学《せいかがく》と物質構造論《ぶっしつこうぞうろん》などの方からはいりこんで、新しい霊魂科学の発見に努力して来た。その結果、わしは、霊魂なるものは、たしかに存在することを証明することができた。そればかりでなく、こうして実際に霊魂を活動させることにも成功した。そこでわしは、さらに深く霊魂科学の研究をしようと今も努力しているわけだが、残念なことに戦火に追われて、研究室をうしない、それからさすらいの旅がはじまり、いろいろな困難や災害にあって、こんなひどい姿で食《く》うや食わずの生活をつづけている始末だ。ああ、わしは、早く落ちついた研究室にはいりたい。むしろこの際、日本へ帰るのが、その早道だとも思い、こうして機会を待っているわけなんだ」
父親治明博士のたましいは、これまでの経過をかいつまんで話した。
「普通に、たましいというとね、肉体にぴったりついているものだが、ある場合には、肉体をはなれることもあるんだ。肉体のないたましい[#「たましい」に傍点]というものも、実際はたくさんごろごろしている。そういうたましいが、肉体を持っている別のたましいに、とりつくことがよく起る。お前がさっき、わしに話をして聞かせた名津子《なつこ》さんの場合なんか、それにちがいない。つまり、名津子さんの肉体といっしょに居る名津子さんのたましいの上に、あやしい女のたましいが馬乗りにのっているんだと考えていい。二つのたましいは、同じ肉体の中で、たえず格闘《かくとう》をつづけているんだ。だから名津子さんが、たえず苦しみ、好きなことを口走るわけだ」
「なるほど、そうですかね」
「名津子さんの場合は、普通よくあるやつだ。しかしお前の場合は、非常にかわっている。お前を襲撃《しゅうげき》した男のたましいは、お前の肉体からお前のたましいを完全に追い出したのだ。そういうことは、普通、できることではないのだ。だから、さっきもいったように、その男のたましいなるものは、非常にすごい奴にちがいない。いったい、何奴《なにやつ》だろう」
治明博士は、再びおどろきの色をみせて、そういった。
隆夫のたましいは、父親のいうことを聞いていて、なんだか少しずつわけが分ってくるように思った。と同時に、また別のいろいろの疑問がわいてきた。ことに、彼が信用しかねたものは、たましいの姿のことであった。目の前に見る父親のたましいは、海坊主が白いきれを頭からかぶって、それに二つの
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