は、思いもつかなかったようなことが、わずかの実験で“おやおや、こんなこともあったのか”と分っちまうんだ。頭より手の方を早く働かせたがいいよ」
「まあ、とにかく、その実験をやることにして、ぼくはその準備にかかるよ。隆夫君、手つだってくれるね」
 三木がそういったので、万事《ばんじ》は決った。もちろん隆夫は協力を同意したし、二宮も手を貸すといい、四方までが、ぼくにも手伝わせてくれと申出た。
 四人の協力によって、三日のちに、機械の用意ができた。
 その日の午後、一同は三木の家で、仕事を始めた。
 名津子《なつこ》の病床には、母親が病人よりもやつれを見せて、看護にあたっていた。まことに気の毒な光景だった。
 一同がその部屋にはいったとき、病人はすやすやと睡っていた。なるべく音のしないように、機械を持ちこんだ。
 機械は、電波をつかまえるため小さい特殊型空中線《とくしゅがたくうちゅうせん》と、強力なる二次電子増倍管《にじでんしぞうばいかん》を使用し、受信増幅装置《じゅしんぞうふくそうち》と、それから無雑音《むざつおん》の録音装置とを組合わせてあった。 そして脳から出る電波の収録《しゅうろく》をすると共に、病人の口から出ることばとを同時録音することも出来るようになっていた。
 いよいよその仕事が始まった。
 病人の目をさまさないうちに、睡眠中病人の脳から出ている電波をとらえることになった。隆夫は受信機の調整にあたり、三木は空中線を姉の頭の近くへ持っていって、いろいろと方向をかえてみる役目を引受けた。あとの二人は録音や整理の仕事にあたる。


   深夜《しんや》の影


「どうだい、何か出るかい」
 受信機が働きはじめたとき、三木はすぐそれをたずねた。
「いや出ない」
「だめなのかな」
「そうともいえない、とにかくいろいろやってみた上でないと、断定《だんてい》はできない」
 隆夫は、波長帯《はちょうたい》を切りかえたり、念入りな同調《どうちょう》をやったり、増幅段数《ぞうふくだんすう》をかえたりして、いろいろやってみた。
「この機械の受信波長《じゅしんはちょう》は、どれだけのバンドを持っているのかね」
 四方《よつかた》が、隆夫に聞く。
「波長帯は、一等長いところで十センチメートル、一等短いところでは一センチの千分の一あたりだ」
「そうとうな感度を持っているねえ」
「いや、その感度が一様《いちよう》にいってないので、困っていることもあるんだ」
 電波は長波《ちょうは》、中波《ちゅうは》、短波《たんぱ》と、だんだん波長が短くなってきて、もっと短くなると超短波《ちょうたんぱ》となり、その下は極超短波《ごくちょうたんぱ》となる。そのへんになると赤外線《せきがいせん》の性質を帯《お》びて来る。一センチの何千万分の一となると、もう電波であるよりも赤外線だ。そうなると、装置はますますむずかしさを加える。
「なんか出て来たよ。しかしさわがないでくれたまえ」
 隆夫が昂奮《こうふん》をおしつけかねて、奇妙な声を出す。
 一同の顔が、さっと紅潮《こうちょう》して、隆夫の顔に集まる。
 隆夫は手まねで三木に空中線の向きや距離をかえさせる。そしていそがしくスイッチを切ったり入れたりして、その目は計器の上を走りまわる。
「これらしい。これがそうだろう」
 隆夫はひとりごとをいっている。
「ああッ、飛ぶ、飛ぶ、赤い火がとぶ……」
 とつぜん、高い女の声。
 名津子《なつこ》が口を聞いたのだ。彼女は目がさめたものと見え、むっくりと床から起上ろうとして、母親におさえられた。
「名津ちゃん。おとなしくしなさい。母さんはここにいますよ」
 母親は涙と共に娘をなだめる。
 それからの三十分間は電波収録班大苦闘《でんぱしゅうろくはんだいくとう》の巻《まき》であった。なにしろ目がさめた名津子は、好きなように暴れた。弟の三木も何もあったものではなく、空中線はいくたびか折られそうになった。母親と三木は、そのたびに汗をかいたし、隆夫たちははらはらしどおしだった。そして予定よりも早く実験を切りあげてしまった。
 三木に別れをつげて、残る三人の短波ファンは、そこを引揚げた。
 三人は隆夫の実験小屋へ機械をもちこんで、しばらく話し合った。すると、二宮がしかつめらしい顔をして、こんなことをいいだした。
「人間のからだが生きているということはね。からだをこしらえている細胞の間は、放電現象が起ったり、またそれを充電したり、そういう電気的の営《いとな》みが行われていることなんだとさ。だから三木の姉さんみたいな人を治療するのには、感電をさせるのがいいんじゃないかな。つまり電撃作戦《でんげきさくせん》だ」
「それは電撃作戦じゃなくて、電撃|療法《りょうほう》だろう」
「ああ、そうか。とにかく高圧電気
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