を神経系統《しんけいけいとう》へぴりっと刺《さ》すと、とたんに癒《なお》っちまうんじゃないかな」
「それは反対だよ」
四方が首を振った。
「なぜだい、なにが反対だい」
「だって、そうじゃないか。神経細胞は電線と同じように、導電体《どうでんたい》だ。しかも弱い電流を通す電路なんだ。そこへ高圧電気をかけるとその神経細胞の中に大きな電流が流れて、神経が焼け切れてしまう。そうなれば、人間は即座《そくざ》に死ぬさ」
「いや、電流は流されないようにするんだ。そうすれば神経細胞は焼け切れやしないよ。ねえ、隆夫君、そうだろう」
「さあ、どっちかなあ。ぼくは、そのことをよく知らないから、答えられない」
この問題は懸案《けんあん》になった。
そこへ隆夫の母が、甘味《あまみ》のついたパンをお盆《ぼん》にのせてたくさん持って来てくれたので、三人はそれをにこにこしてぱくついた。やがてお腹がいっぱいになると、急に疲れが出て来て、睡くなった。それだから、その日はそれまでということにして、解散した。
さて、その夜のことである。
隆夫はひとりで実験小屋にはいった。
彼は、今日とって来た録音が気がかりで仕方がなかった。
それで脳波の収録のところを再生してみることにした。つまり、もう一度脳波にして出してみようと思ったのだ。
隆夫は、大急ぎでその装置を組立てた。
それから脳波を収録したテープをくりだして、その送信機につっこんだ。
もちろん隆夫には、その脳波は聞えなかったけれど、検波計《けんはけい》のブラウン管で見ると、脳波の出力《しゅつりょく》が、蛍光板《けいこうばん》の上に明るいあとをひいてとびまわっているのが見えた。
隆夫は、この脳波を、いかにしてことばに変化したらいいかと考えこんだ。
その間に収録テープは、どんどんくりだされていた。脳波は、泉から流れ出す清流《せいりゅう》のように空間に輻射《ふくしゃ》されていたのだ。
それを気に留めているのか、いないのか、隆夫は腰掛にかけ、背中を丸くして考えこんでいる。
そのとき隆夫のうしろに、ぼーッと人の影が浮び出た。若い男の姿であった。その影のような姿は、こまかく慄《ふる》えながら、すこしずつ隆夫のうしろへ寄《よ》っていく。
「もしもし、一畑《いちはた》君。君の力を借りたいのです。ぼくに力を貸してくれませんか」
陰気《いんき》な、不明瞭《ふめいりょう》なことばが、その怪影《かいえい》の口から発せられた。
そのとき隆夫は、ふと我れにかえって、身ぶるいした。そしてふしぎそうに見廻したが遂に怪影を発見して
「あッ。あなたは……」
と、おどろきの声をのんだ。
意外な名乗《なの》り
隆夫《たかお》は、ぞおーッとした。
急にはげしい悪寒《おかん》に襲《おそ》われ、気持がへんになった。目の前に、あやしい人影をみとめながら、声をかけようとして声が出ない。脳貧血《のうひんけつ》の一歩手前にいるようでもある。
(しっかりしなくては、いけないぞ!)
隆夫は、自分の心を激励《げきれい》した。
「気をおちつけなさい。さわぐといけない。せっかくの相談ができなくなる」
低いが、落ちつきはらった声で、一語一語をはっきりいって、隆夫の方へ近づいて来た影のような人物。ことばははっきりしているが、顔や姿は、風呂屋の煙突《えんとつ》から出ている煙のようにうすい。彼の身体を透してうしろの壁にはってあるカレンダーや世界地図が見える。
(幽霊というのは、これかしらん)
もうろうたる意識の中で、隆夫はそんなことを考える。
「ほう。だいぶん落ちついてきたようだ。えらいぞ、隆夫君」
あやしい姿は、隆夫をほめた。
「君は何物だ。ぼくの実験室へ、無断《むだん》ではいって来たりして……」
このとき隆夫は、はじめて口がきけるようになった。
「僕のことかい。僕は大した者ではない。単に一箇の霊魂《れいこん》に過ぎん」
「れ、い、こ、ん?」
「れいこん、すなわち魂《たましい》だ」
「えッ、たましいの霊魂《れいこん》か。それは本当のことか」
隆夫はたいへんおどろいた。霊魂を見たのは、これが始めてであったから。
「僕は霊魂第十号と名乗っておく。いいかね。おぼえていてくれたまえ」
「霊魂の第十号か第十一号か知らないが、なぜ今夜、ぼくの実験室へやって来たのか」
隆夫は、まだ気分がすぐれなかった。猛烈に徹夜の試験勉強をした上でマラソン二十キロぐらいやったあとのような複雑な疲労を背負っていた。
「君が呼んだから来たのだ。今夜が始めてではない。これで二度目か三度目だ」
あやしい影は、意外なことをいった。
「冗談をいうのはよしたまえ。ぼくは一度だって君をここへ呼んだおぼえはない」
「まあ、いいよ、そのことは……。いずれあとで君にもはっき
前へ
次へ
全24ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング