原因によって起っているかを突き止めることだ。
 しばらく隆夫は、天井にとりつけた高声器から聞えてくるくしゃくしゃいう受信音に耳を傾けた。
「なんといういやな声だろう。何といっているのか、ちっとも分りやしない。うむ待てよ。これは参考のために録音しておこうや」
 隆夫は大急ぎで腰掛からとびあがった。そして録音機をとりに、となりの部屋へいった。


   苦しい会話


 録音が行われた。
 約五分間にわたって、録音された。
 隆夫は、その録音した受信機をもとにして不明瞭《ふめいりょう》な音声をなんとか分析して、その言葉の意味を読みとるつもりだった。
 それには少々装置の用意がいる。二三日はかかるであろう。
 隆夫は急に疲労をおぼえた。さっきから緊張のしつづけであったためであろう。となりの寝室へ行って、しばらく睡ることにした。あいかわらず高声器からは、わけのわからない言葉がひきつづき出ていた。隆夫は、受信機のスイッチを切ろうと手を出したが、そのとき気がかわって、スイッチは切らないでそのままにしておくことにした。
 隆夫は、軽便寝台《けいべんしんだい》の上に毛布にくるまって、ぐっすり睡った。
 ふと眼がさめた。
 が、まだ睡くてたまらない。ぴったりくっついた瞼《まぶた》をむりやりにあけて、夜光の腕時計を見た。
 午前三時だった。すると、あれから一時間半くらい睡ったわけだ。まだ猛烈に睡い。
 その睡いなかに、隆夫はふとぼそぼそと話し合っている人声を聞きとがめた。それは近くで話している。
「……さあ、君はそういうが、万一失敗したときには、どうするんだね」
「失敗したときは、失敗したときのことですわ。たとえ失敗しても、今のようなおもしろくない境遇《きょうぐう》にくらべて、この上大した苦痛が加わるわけでもありませんものね」
 女の声であった。
 男と女の話声だった。ゆっくりゆっくり、ぼそぼそと語り合っている。声は若いが、その語る調子は、ふけた老人のように低い空虚なものであった。
 隆夫はだんだん目がさめて来た。
「……そういう冒険は、よした方がいいと思うね。君は、僕がひっこみ思案だと軽蔑《けいべつ》するだろう。しかしね、僕は今までに君のような冒険を試みて、それに失敗して、ひどい目に会った連中のことをたくさん知っているのだ。彼らは、失敗してこっちへ戻ってくるともうすっかり気力《きりょく》がなくなってね、そのうえにあの世界でいろいろな邪悪《あく》に染《そ》まって、それを洗いおとすために、それはそれはひどい苦しみをくりかえすのだ。僕はとても長くはそれを見守っていられなかった……」
「もう、たくさんよ、そのお話は。そのようなことは、あたくしも知っていますし、そしていくども考えても見ましたの。その結果、あたくしの心は決ったんです。どうしても、行って見たい。肉体を自分のものにしたい。二度以上はともかくも、一度はぜひそうなってみたい。あなたがあたくしのために親切にながながといって下さったのはうれしいのですけれど、あたくしは、今目の前に流れて来ている絶好の機会をつかまないでいられないのです」
「ああ、それがあぶないんだ。僕は何十ぺんでも何百ぺんでも、君をひきとめる」
「どういったら、あなたはあたくしの気持を分って下さるでしょうか。じれったいわ」
「僕はどうあっても――」
「あ、ちょっと黙って……あ、そうだ。ええ、行きますとも。あたくしも。誰がこの絶好の機会をのがすものですか」
「お待ちなさい。あなたは、だまされているんだ。苦しみだけが待っている世界へ、あなたはなぜ行くのですか。……ああ、とうとう行ってしまった」
 男の声は、気の毒なほど絶望のひびきを持っていた。女の声は、それからあと、いくら待っても聞かれなかった。いや、男の声も、それっ切りで終った。
 隆夫は、今の会話の途中から、二人の会話がとなりの実験室の天井にとりつけてある高声器から出てくるものであることに気がついていた。
 なぜか理由はわからないが、さっきはあれほど不明瞭《ふめいりょう》だった音声が、目のさめたときから急に明瞭になったらしい。またその音声もずっと大きくなった。大きく、明瞭な話し声になったので、自分は目がさめたんだなと、隆夫は気がついた。
 念のために彼は、寝台から下りて、となりの実験室へいってみた。
 天井の高声器は、ちゃんと働いていた。もちろん音声は出ていないが、小さくがりがりと音がしていて、働いているのが知れた。
「ふしぎだ。ふしぎな会話だ。いったいどこの誰と誰との会話なんだろうか。まさか、あれが放送のドラマの一部だとは思われない。放送なら、あのあとにアナウンスがあるはずだし、あんな場面なら伴奏《ばんそう》がなくてはならないはず」
 この疑問は、すぐには解けなかった。
 やがて夜明
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