」
「えっ、この人を――この遺骸をお貸し下さるとは……」
と、治明博士は、問いかえした。
「今、ロザレの霊魂《れいこん》は他出している。されば後、ロザレの遺骸に汝の子の隆夫のたましいを住まわせるがよい」
「あ、なるほど。すると、どうなりますか……」
「生きかえりたるロザレを伴い、汝は帰国するのだ。それから先のことは、汝の胸中《きょうちゅう》に自ら策がわいて来るであろう。とにかくわれは、汝ら三名の平安のために、今より呪文《じゅもん》を結ぶであろう。しばらく、それに控《ひか》えていよ」
「ははッ」
治明博士は、アクチニオ四十五世の神秘《しんぴ》な声に威圧《いあつ》せられて、はッと、それにひれ伏《ふ》した。
聖者は、不可解なことばでもって、ロザレの遺骸《いがい》に向って呪文《じゅもん》を唱えはじめた。呪文の意味はわからないが、治明博士は、自分の身体の関節《かんせつ》が、ふしぎにもぎしぎしときしむのに気がついた。
(汝ら三名の平安のために――と、聖者はいわれた。汝ら三名とは、いったい誰々のことであろう)と、治明博士は、ふと謎のことばを思い出していた。自分と、それから――そうだ、隆夫のことだ。隆夫は、どうしているであろうか。さっき城壁の上に聖者の姿を拝してから、自分の心は完全に聖者のことでいっぱいとなって、隆夫がついて来ているかどうかを確《たしか》めることを怠《おこた》っていた。隆夫はどうしているだろうか。――いやいや、万事は、聖者が心得ていて下さるのだ。尊《とうと》き呪文がなされているその最中に、他の事を思いわずらっては、聖者に対し無礼《ぶれい》となるのは分り切っている。慎《つつし》まねばならない。
呪文の最後のことばが、高らかに聖者の口から唱えられ、そのために、この部屋全体が異様な響をたて、それに和して、何百人何千人とも知れない亡霊《ぼうれい》の祈りの声が聞えたように思った。治明博士は、気が遠くなった。
「これ、起きよ、目ざめよ。旅の用意は、すべてととのった。これ一畑治明《いちはたはるあき》。汝の供は、既に待っているぞ。早々《そうそう》、連れ立って、港へ行け」
聖者の声は、澄みわたって響いた。治明博士ははっと気がついて、むくむくと起上ると、あたりを見まわした。
そこは、はじめ登っていた域壁の上であった。夜は既に去り、東の空が白んでいた。そこに立っているのは治明
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