た。土地を耕《たがや》している。それは遥《はる》かな遠方だった。
「広いところだなあ。一体ここはどこかしらん」
 すると、彼の前へ、とつぜんパイプをくわえ、肩に鍬《くわ》をかついだ農夫が姿をあらわした。そして農夫の顔を見たとき、隆夫のたましいは、あっとおどろいた。
「ややッ、ここは日本じゃないらしい」
 農夫は白人《はくじん》だった。
 白人の農夫がいるところは、日本にはない。しばらくすると、小屋のうしろから、若い女の笑い声が聞えて、隆夫のたましいの前へとび出して来たのは、三人の、目の青い、そして金髪《きんぱつ》やブロンドの娘たちだった。
「たしかにここは日本ではない。外国だ。どうして外国へなど来てしまったんだろう」
 そのわけは分らなかった。
 隆夫のたましいは、農夫たちの会話を聞いて、それによってここがどこであるかを知ろうとつとめた。彼らの話しているのは、外国語であった。それはドイツ語でもなく、スラブ語でもなかったが、それにどこか似ていた。ことばとしては、隆夫はそれを解釈《かいしゃく》する知識がなかったけれど、幸いというか、隆夫は今たましいの状態にいるので、彼ら異国人の話すことばの意味だけは分った。
 そして、ついにこの場所がどこであるかという見当がついてきた。それによると、ここはバルカン半島のどこかで、そして割合にイタリアに近いところのように思われる。ユーゴスラビア国ではないかしらん。もしそうなら、アドリア海をへだててイタリアの東岸《とうがん》に向きあっているはずだった。
 どうしてこんなところへ来てしまったんだろう。


   霊魂《れいこん》の旅行


 だんだん日がたつにつれ、隆夫のたましいは、たましい慣《な》れがしてきた。はじめは、どうなることかと思ったが、たましいだけで暮していると、案外気楽なものであった。第一食事をする必要もないし、交通禍《こうつうか》を心配しないで思うところへとんで行けるし、寒さ暑さのことで衣服の厚さを加減《かげん》しなくてもよかった。そして、睡りたいときに睡り、聞きたいときに人の話を聞き、うまそうな料理や、かわいい女の子が見つかれば、誰に追いたてられることもなく、いく時間でもそのそばにへばりついていられた。もっとも、そのうまそうな御馳走を味わうことは、たましいには出来なかったが……。
 そういうわけで、隆夫のたましいは、一時東京
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