は一層むずかしかった。
だが、第十号としては、すこしぐらい人々から怪しまれることは、がまんするつもりだった。それよりも、彼がねらっていることは、名津子に近づくことだった。名津子の霊魂にぴったり寄りそっていたいばかりに、彼はこの思い切った行動を起したのだ。しかしながら、彼の筋書《すじがき》どおりに、万事がうまくいくかどうか、それはまだ分らない。
それはそれとして、一方、霊魂第十号のために肉体から追い出された隆夫の霊魂は、一体どうなったのであろうか。
彼の霊魂は、肉体と同じに、一時もうろう状態に陥っていた。いや、時間的にいえば、肉体の場合よりもはるかに永い間にわたってもうろう状態をつづけていた。第十号が、彼の肉体にはいりこんで、三木健の家を訪問してぺちゃくちゃしゃべっているときにも、隆夫の霊魂は、まだもうろうとして、はてしなき空間をふわついていた。
彼のたましいが、われにかえったのは、それから十四日ののちのことだった。
たましいが、われにかえるというのは、おかしないい方であるが、肉体の中にはいっているときでも、たましいというやつは、よく死んだようになったり、生きかえったりするものである。ねむりと目ざめ。不安におちいることと大自信にもえること。人事不省と覚醒《かくせい》。酔《よ》っぱらいと酔いざめ。そのほか、いろいろとあるが、このようにたましいというやつは、いつも敏感《びんかん》で、おどおどしており、そして自分からでも、また他からの刺戟《しげき》によっても、すぐ簡単に状態を変える。
とにかく、彼のたましいがわれにかえったとき、「おやおや」と起きあがってあたりを見まわすと、見なれないところへ来ていることが分った。
そこは、枯草《かれくさ》がうず高くつんであるすばらしく暖かな日なただった。ゆらゆらと、かげろうが燃え立っていた。その中に、隆夫の霊魂は立っているのだった。彼の霊魂も、かげろうと同じように、ゆらゆら動いているような気がした。
前方を見ると、美しい大根畑が遠くまでひろがっていた。まるでゴッホの絵のようであった。
うしろの方で、モーという牛の声がした。うしろには小屋が並んでいた。そのどれかが牛小屋になっているらしい。
かたかたかたと、いやに機械的なひびきが聞えてきた。ずっと西の方にあたる。その方へ隆夫の霊魂はのびあがった。トラクターが動いているのだっ
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