可笑《おか》しいのです。擦ってあるんだったら軸木が半分なくなっても別に不思議もないのです」
「それほど不思議なら、燐寸の箱を壊《こわ》してよく調べてみたらどうだネ」と検事は云った。
「ねえ大江山君。その燐寸をバッグから出して帆村君に委《まか》せてもいいだろう」
「ええ、ようござんすとも。……では、出して来ましょう」
 そういって大江山課長は、一人離れて、屍体の方に近づいた。そして跼《かが》んで、なにかゴソゴソやっていたが、なかなか立ち上ろうとしなかった。そのうちに、課長は不審そうな面持《おももち》で一同をジロリと眺めまわし、
「ああ……誰かこの手提《バッグ》の中から時計印の燐寸を持って行きやしないか」
「燐寸ですって?……いいえ」
「燐寸は先刻《さっき》収《しま》ったままですよ」
「誰も持っていった者がない!……さては……やられたッ」
 やられたッ! と大江山課長が叫んだので、立ち並んだ検察隊は俄《にわ》かにどよめいた。
「帆村君、燐寸が見えない。これは中々《なかなか》の事件らしいぞ」
 流石《さすが》事件の場数を経てきた捜査課長だけあって、ここへ来て始めて事件の重大性を悟ったのだった
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