んか」
「ほう――」
 と大江山課長は叫んで、燐寸の箱を開いてみると、なるほど不思議にも燐寸の軸木《じくぎ》は半分ほどしか入っていなかった。


   怪紳士


「どうも僕には、事件に関係のない極く普通の燐寸としか考えられないがね」と大江山捜査課長は首を振って「ねえ雁金《かりがね》さん。そうじゃありませんか」と、事件を主査《しゅさ》している雁金検事の同意を求めた。
「さあ、どっちかな」と検事はこっちへ寄ってきながら、「これはまたいつもの御両所の水かけ論になりそうだネ。議論は一寸《ちょっと》お預けとしてマッチの秘密がとけてからのことにすればいいじゃないか」
 検事はいつも、大江山課長と帆村探偵の意見の対立で、散々手を焼いていたので、巧《たく》みに逃げた。
「そうでしょうが、この帆村は非常に重大視します」と帆村はいつになくハッキリと意志を現して云った。「燐寸というものが極く普通のものだけにこれを利用した疑問の人物を唯者《ただもの》でないと睨《にら》みます」
「しかし利用したかどうかはまだ分らない。なにしろ燐寸は一度も擦った痕がない位だからな」
「いや立派に利用していますよ。擦ってないから
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