ぶところもない。
「――その前に、すこしばかり意見を交換して置きたい。『赤毛のゴリラ』が得意の猿を使ってマッチ箱を奪還《とりかえ》したことは、部下の過失をいささか償《つぐな》った形だが、そのマッチ一箱にはマッチが半数ほど失われている。見ればその箱にはマッチを擦った痕跡もないが一体どこへ失われたのか、意見はないか」
「本員にも明瞭《めいりょう》でありませぬが、お尋ねゆえに私見《しけん》を申上げます」と彼の大男はいった。「失われた半数のマッチは、かの頓死した日本婦人が嚥《の》み下《くだ》したものと思います。だから婦人は一命を損じたのです」
「ナニ嚥み下した。嚥み下すと死ぬのは分っているが、ではかの婦人はあのマッチの尖端が何で出来ているのか知っていたと思うか」
「それは知らなかったと思います。あの婦人は何かの身体の異状によって、マッチの軸《じく》を喰べないでいられなかったのです。つまり|赤燐喰い症《せきりんイーター》です。あの黒い薬をゴリゴリと噛みくだいて嚥んだので、マッチで火を点けたのではないから、箱には擦った痕跡がついていないのです」
「するとその婦人は、あのマッチの不足分は全部胃の中に
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