四日完了」とあるが、四日とはいつのことだろう。
「今日は何日ですかねえ」
 と帆村は突如《だしぬけ》に、図書館の宿直氏にたずねた。
「ええ、今日ですか。今日は四日ですよ」
「なに四日? そうか、……そうなる、今日はたしかに十月四日だ。すると四日というのは今日のことかも知れない。うむ、これはこうしていられないぞ」
 帆村探偵は暗号の手紙をひっつかむと、館員には挨拶《あいさつ》もソコソコにして、W大学を飛びだした。
 それから三十分ほどして、探偵帆村は、彼の尊敬する牧山《まきやま》大佐の前に立っていた。そこで彼はこれまで探偵した結果を要領よく報告した後で、
「大佐どの、北樺太のボゴビと沿海県のラザレフ岬との間に、近頃何か異状はありませんか」
「なに、ボゴビとラザレフ岬との間? おお君はどうしてそれを知っているのだ、真逆《まさか》……」
「僕は、何も知らないのです。しかし僕の推理は、そこに何か異状のあるのを教えるのです。大佐どの、貴官にはそこに異状のあることがお分りになっているのですね」
「まあ、それは説明しまい。その代り君に見せてやるものがある。こっちへ来給え……」
 大佐は帆村をうながして、或る部屋へ引張っていった。そこの壁には、或る海峡らしい空中写真が沢山貼りつけられてあり、それには一枚一枚日附が記されてあった。
「この左の岬が、ラザレフ岬だ。この右の山蔭に見えるところがボゴビだ。さあ、日附を追って、この海峡の水面にいかなる変化が起っているかそれを見たまえ」
「なんですって? これが問題の両地点の写真なのですか。どうしてこんな写真を撮《うつ》すことが出来たのです」
「そんなことは訳はない。空中から赤外線写真を撮《と》ればいいのだ。わが領土内にいてもこれ位のことは見えるのだ」
 帆村は赤外線写真の偉力に愕きつつも、日附を追って海面の変化を辿《たど》っていったが、
「ああ、これは……」
 と思わず大声で叫んだ。帆村は一体そこに何を見たのであろう?


   赤外線写真


 その赤外線写真が、問題のボゴビ町とラザレフ岬とを一緒に撮ったものだと聞くだに胸が躍《おど》るのに、しかも壁一杯に貼りつけられた沢山の写真は毎日毎日撮影されたもので、いかなる変化がそこに起りつつあるかということを示しているものだと聞いては、物に動じない帆村探偵とても顔色を変えないではいられなかった。
「どうだね。だんだんと変ってくる海峡の有様が分るかね」
 と牧山大佐は沈黙を破って云った。
「ああ、分るです。これはボゴビ町とラザレフ岬との間に大きな堰堤《ダム》を作っているんじゃありませんか」
「その通りだ。海峡の水を止めてしまおうというのだ。その規模の大きなことは、いまだかつて聞いたことはない。昔エジプトで、スフィンクスやピラミッドを作ったのが人間のやった土木工事で一番大きなものだったが、そのレコードはこのボゴビ町とラザレフ岬とを連《つら》ねる堰堤《ダム》工事で破ってしまったわけだ。もっとも現代の科学力をもってすれば、こんなことなんかピラミッドの工事よりもやさしいのかも知れない」
「大佐どの。なぜこんなところを埋めるのでしょう。軍事上どんな役に立つのです」
「さあそれは……」と牧山大佐は腕組をして「海水の干満によって水準の変るのを利用し、高い方から海水を低い方に流して、水力発電するためだといっている。しかしそれが問題じゃ。君が持って来た密書を見るまでは水力発電説も相当有力だと思っていたがいまはそうじゃない。そいつは全然思い違いだった」
 といって大佐は感慨深そうに左右に頭を振った。
「すると、この堰堤《ダム》工事はどんな目的をもっているのですか。どうか話をして下さい」
「まあ待ちたまえ。いまはまだ話をする時期になっていない」と大佐は帆村を静かに押しとどめ「それよりも君が持って来た密書を大いに生かすことが先決問題だ。ことに相手が『右足のない梟《ふくろう》』であって見れば、これは全く油断のならないことだ」
「ほほう」と帆村は目を丸くして「すると大佐どのは、前から『右足のない梟』を御存じなのですか」
「もちろん知っている。あの男と机を並べて勉強したこともあったよ。×国きっての逸材《いつざい》だ。恐るべき頭脳と手腕の持ち主だ。かねて大警戒はしていたが、どうしてもその尻尾《しっぽ》をつかまえることが出来なかったのだ。こんど君が奪ってきてくれた密書こそ、実はわれわれがどんなにか待ちわびていた証拠書類でもあり、かつまた彼の使命の全貌を知らせてくれたこの上ない宝物だったのだ。イヤもっと話をしていたいが、先刻《さっき》もいったように、いまは愚図愚図している場合ではない。僕はちょっと出掛けるから、君はここに待っていたまえ」
「大佐どの、お出掛けなら、私も連れていっていただけませんか
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