から、明るい光が見える。それは其《そ》の部屋の床下に点《つ》いている灯《あかり》のようだ。どこかでグーンという機械の呻《うな》る音が聞えた。すると不思議! その穴の一つ一つに、何か黒いものが見えたと思ったら、それが徐々《じょじょ》に上に迫《せ》り上ってきた。見る見るそれは床上から高く突きでてきて、やがて人間の高さになったかと思うと、ピッタリと停った。まるで黒い筍《たけのこ》を丸く植えたように見えた。――そこで黒い筍は号令でもかけたかのように、腰を折って椅子に掛けた。よく見るとその黒い筍の頭の方には、ギラギラ光る二つの眼があった。それは頭のてっぺんから足の下まで、黒い布で作った袋のようにものを被《かぶ》っている人間だったことが、始めて知られた。まことに怪しき黒装束の一団! すると突然、音楽の曲目が違った。
「起立!」
という号令が掛る、とたんに、いままで空席だった唯一つの机の前に、ボンヤリと人影が現れたかと思うと、それが次第にハッキリとしてきてやがていつの間にか卓子《テーブル》の前には、これも全く一同と同じ服装をした怪人がチャンと起立していた。その首領らしき人物は、ギラリと眼を光らせると、サッと右手を水平にさし上げ、
「右足のない梟!」
と呼んだ。
するとそれが合図のようにその隣の黒装束が「壊《こわ》れた水車」と叫ぶ。その隣が「黄色い窓」という。そうして皆が別々に、わけの分らぬことを叫んだが、どうやらそれはこの一団の隠し言葉であって自分の名乗をあげたものらしかった。
「着席!」
「右足のない梟」と叫んだ首領は、そこで自《みずか》ら先に立って席に坐った。一同もこれに倣《なら》って席についた。
「今日はまず最初に、わがR団の第二号礼式を行う。――」
そういって一同をズッと眺めた。
すると、また別の、まるで地下に滅入《めい》るような音楽が起って来た。――ギギィッという軋《きし》るような音がして、途端《とたん》に一同の目の前の床が、畳《たたみ》一枚ほどガッと持ち上ってきたと思うと、それは上に迫り上って一つの四角な檻《おり》となった。檻の中には、同じ様な黒装束をした人間が二人突立っていた。
檻がピタリと停ると、「右足のない梟」の隣にいた「壊れた水車」が席を立って檻に近づき、それを開いて二人を引張り出した。一人は大きいし一人はやや低い。
「壊れた水車」は檻をまた旧《もと》のように床下に下ろした上で、二人を一座の中央に引据えて、その黒い服を剥《は》ぎとった。するとその覆面の下から現れた二つの顔! ああ意外にも、その大きい方の顔は、銀座に猿を連れて現れ、屍体からマッチ箱を盗んでいった大男だった。もう一人は知らない顔だった。
「まず最初に『狐の巣』に宣告する」と首領は言った。「君には秘密にすべきマッチ箱を売った失敗を贖《あがな》うことを命ずる。但《ただ》し我等の祖国は君の名をR団員の過去帖に誌《しる》して、これまでの忠勇を永く称するであろう、いいか」
「狐の巣」は絶望の眼をあげた。途端にドーン……という銃声が響いて「狐の巣」の身体は崩れるように床の上に倒れた。
例の大きな男は、これを見るや真青になった。
赤毛のゴリラ
銃殺に遭った「狐の巣」と呼ばれる男は多量の出血に弱りはてたものと見え、やがて宙を掴んだ手をブルブルと震わせると、そのまま落命した。
「さて次は『赤毛のゴリラ』に対する宣告であるが――」と首領「右足のない梟《ふくろう》」は厳《おごそ》かな口調で云った。一座はシーンと静まりかえって、深山幽谷《しんざんゆうこく》にあるのと何の選ぶところもない。
「――その前に、すこしばかり意見を交換して置きたい。『赤毛のゴリラ』が得意の猿を使ってマッチ箱を奪還《とりかえ》したことは、部下の過失をいささか償《つぐな》った形だが、そのマッチ一箱にはマッチが半数ほど失われている。見ればその箱にはマッチを擦った痕跡もないが一体どこへ失われたのか、意見はないか」
「本員にも明瞭《めいりょう》でありませぬが、お尋ねゆえに私見《しけん》を申上げます」と彼の大男はいった。「失われた半数のマッチは、かの頓死した日本婦人が嚥《の》み下《くだ》したものと思います。だから婦人は一命を損じたのです」
「ナニ嚥み下した。嚥み下すと死ぬのは分っているが、ではかの婦人はあのマッチの尖端が何で出来ているのか知っていたと思うか」
「それは知らなかったと思います。あの婦人は何かの身体の異状によって、マッチの軸《じく》を喰べないでいられなかったのです。つまり|赤燐喰い症《せきりんイーター》です。あの黒い薬をゴリゴリと噛みくだいて嚥んだので、マッチで火を点けたのではないから、箱には擦った痕跡がついていないのです」
「するとその婦人は、あのマッチの不足分は全部胃の中に
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