を固く握った。
そういっているところへ、受話器に警報が入ってきた。
「先刻マデ刻々低下シツツアッタ気温ガ、逆ニ徐々ニ上昇ヲ始メタ。コノ気温異常上昇ハ既ニ地方気象統計ニヨル記録ヲ破壊シ、イマヤ驚異的新記録ヲ示シ、シカモ刻々|自《みずか》ラソノ記録ヲ破リツツアリ」
牧山大佐は意味あり気に帆村の肩をドンと叩いた。どうだ、これでも分らぬかという風に……。
「ベーリング海峡ガ、望遠暗視機ニ感受シ始メタ。映写幕ヲ注視!」
映写幕といわれて、その上を見ると、なるほどベーリング海峡らしいものがうつっている。両方から象の鼻のように出ているのはウェールス岬とデジネフ岬にちがいない。ああ、しかもその両者を連ねるものは、満々たる海水にも浮氷にもあらで、これは城壁のように聳《そび》えたった立派な大堰堤《だいせきてい》だった。
「分った!」と帆村は叫んだ。「ベーリング海峡の海水を堰《せ》きとめると、そこから南の地方が暖流のために、俄《にわ》かに温くなるのだ。いままで寒帯だった地方が温帯に化けるのだ。そこで俄然《がぜん》その宏大な地方を根拠地として某国の活溌な軍事行動が疾風迅雷《しっぷうじんらい》的に起されようとしているのだ。うっかり油断をしていたが最後、悔《く》いて帰らぬ破滅が来るばかりだった。ああ戦慄《せんりつ》すべき大計画! あのとき密書が自分の手に入らなかったら……」
帆村は慄然《りつぜん》として、隣席の牧山大佐を顧《かえり》みた。しかし大佐の姿は、もうそこにはなかった。その代り受話器の中から儼然《げんぜん》たる号令が聞えてきた。
「総員、配置につけッ!」
底本:「海野十三全集 第4巻 十八時の音楽浴」三一書房
1989(平成元)年7月15日第1版第1刷発行
初出:「つはもの」
1934(昭和9)年〜1935(昭和10)年頃
※底本は、表題の「間諜」に「スパイ」とルビをふっています。
入力:tatsuki
校正:まや
2005年5月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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