嗟《とっさ》に彼は決心をした――が、どうして登るというのだ? そこは足場もない高い高い鉄管の中だった。ああ、折角《せっかく》の抜け道を発見しながらも、人間業《にんげんわざ》では到底これを登り切ることはできないのか。いや、何事も慌ててはいけない!
「うん。――こうやってみるかナ」
彼はポンと膝を叩《たた》いた。彼の目についたのは、鉄管と鉄管との継《つ》ぎ目であった。それは合わせるために一方が内側へ少し折れこんでいて、その周囲にリベットが打ってあった。――そいつが足掛りになりはしないか。彼は靴を脱ぎ靴下を取って、跣足《はだし》になった。そして靴下は、ポケットへ、靴は腰にぶら下げると、壁に高く手を伸ばして、そこらを探ると、幸いに指先に手がかりがあった。そこで十の爪に全身の重量を預けて、器械体操の要領でジワジワと身体を腕の力で引上げた。俄《にわか》に強い自信が湧いてくるのを感じた。
全てが忍耐の結晶だった。
「ウーン、ウーン」
彼は功を急がなかった。ユルリユルリと鉄の管壁を攀《よ》じのぼっていった。だから、到頭二十メートルもある高所に登りついた。――そして、彼の頭はゴツンと硬い天井を突きあげたのだった。
「ああ、また行き停りか」
彼は失望のために気が遠くなりそうになりかけて、ハッと気がついた。こんなところで元気を落してはなるものかと唇をグッと噛み、右手をあげて天井を撫でまわした。すると指先にザラザラした粗《あら》い鉄格子が触れた。空気がその格子から抜けているのだった。
鉄格子ならば、これは後から嵌《は》めたものに違いない。これは下から突くと明くのが普通だと思ったので、帆村は腕に力を籠《こ》めてグッと押しあげてみた。するとゴトリという音がして、その重い鉄格子が少しもち上った。帆村の元気は百倍した。下に落ちては大変だと気を配りながら、満身の力を奮って、鉄格子を押しあげた。格子は彼の想像どおり、ズルズルと横に滑っていった。
戯《ざ》れ画《え》か密書か?
「ウン、占《し》めたぞ!」
帆村は元気を盛りかえした。穴の縁に手をかけると、ヒラリと飛び上った。そこはやはり孔の中であった。横に伸びた同じような穴だった。しかし今までの穴とは違い、なんとなく、娑婆《しゃば》に近くなったことが感ぜられた。
そこで彼は、何か物音でも聞えるかと、全身の神経を耳に集めて、あたり
前へ
次へ
全39ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング