れん」
「須永という男は名前のように気が永いと見える。早く帰って来んかなァ。もう七時だぜ」
 しかしその七時が八時になっても愚《おろ》か、十二時を打っても須永は帰って来なかった。
 須永に限り、こんなに遅くなることはない。遅くなりそうだったら、途中から電話か使いかを寄越《よこ》す筈《はず》だった。それが何も云って寄越さないのだから不審だった。といって須永を探しにゆくにも手懸《てがか》りがなかった。
 遂《つい》に夜が明けてしまった。
 帆村には、もう大江山課長の揶揄《からかい》も耳に入らなかった。
「須永は、どうしたんだろう?」
 彼は痺《しび》れるような足を伸して、窓際《まどぎわ》に行った。そして本庁の前を漸《ようや》く通り始めた市内電車の空いた車体を眺めた。
 そのときだった。二人連れの警官が一人の男を引張ってこっちへ来るのが見えた。男は、ズボン一つに、上にはボロボロに裂けたワイシャツを着ていた。よほど怪力と見えて、やっと懸け声をして腕をふると、二人の警官は毬《まり》のように転《ころ》がった。それで自由になったから逃げだすかと思いの外、彼《か》の若者は路上でどこかのレビュウで覚えたらしい怪しげな舞踊を始め、変な節で歌うのであった。可哀想に彼の若者は気が変になっているらしかった。
 帆村は気の毒そうにその人の舞踊をみていたが、どうしたのか、ハッと顔色をかえると、顔を硝子窓《ガラスまど》に擦《す》りつけて叫んだ。
「うん、あれは確かに須永に違いない。どうして気が変になってしまったんだろう」


   右足のない梟《ふくろう》


 此処《ここ》は或る広間の中のことであった。この部屋を見渡して、たいへん不思議に思うことは、窓が一つも見えない上に周囲の壁がのっぺらぼうで扉《ドア》が一つも見えない。どこから出たり入ったりするのか分らない、何階の部屋だかも分らない、しかしその広間には、凡《およ》そ二十|脚《きゃく》ほどの椅子がグルッと円陣をなして置いてあり、その中に、特に立派な背の高い椅子が一つあるが、その前にだけ、これも耶蘇教《やそきょう》の説教台のような背の高い机が置いてあった。人間の姿は見えないが、どうやら会議室らしい。
 と、突然どこからともなく妙な音楽が聞え始めた……と思っていると、いつの間にか置かれた椅子の前にマンホールのような丸い穴がポッカリと明いた。その隙間
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