、そんなに歓待して頂こうとは期待していません。ただ今申したとおり、この夏中数ヶ所に撮影用の櫓《やぐら》を建てて廻る地所を貸して頂くことだけには、特に便宜を与えて下さい」
「それくらいのことは何でもない、もっともっと、用を云いつけて下され。何しろ町の名誉にもなることじゃから……」
と、町長は手を取らんばかりに、北鳴四郎に厚意を寄せるのだった。すべては昨夜、町長のところに贈った思いがけなく莫大な土産品《みやげひん》のなせる業《わざ》だった。
北鳴は、町長の言葉が信じられないという風に、わざと黙っていた。
そのとき松吉は、傍にある真新しい半鐘|梯子《はしご》を指して、北鳴に云った。
「これを御覧なすって。これがこの一年間、儂にさせて貰った只一つの仕事なんで……。こういう具合に、町の奴等は、儂に仕事を呉れねえで、虐待しやすで……」
と、町長の方をグッと睨んだ。すると町長は、俄かに笑顔を引込め、松吉のいったことが聞えぬげに空嘯《うそぶ》いた。
「おお、これが松さんの仕事かネ」と北鳴は、梯子を下の方から上の方へ、ずっと眼を移していったが、そのとき何《ど》う思ったものか、カラカラと笑いだした
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