うと説をなす者もあった。しかしとにかく、北鳴の鞄は解ききれぬ疑問を残して、町の人々の噂の中に漂っていた。
それは丁度、二度目の櫓が建って七日目のこと、四郎がジリジリと待ったほどの甲斐があって、朝来《ちょうらい》からの猛烈な温気が、水銀柱を見る見る三十四度にあげ、午後三時というのに、早くも漆を溶かしたような黒雲は、甲州連山の間から顔を出し、アレヨアレヨと云ううちに氷を含んだような冷い猛烈な疾風がピュウピュウと吹きだした。
雷の巣が、そのまま脱けだしたかと思うような大雷雲が、ピカピカと閃く電光を乗せたまま、真東指してドッと繰りだして来たところは、地方人の最も恐れをなす本格的の甲州雷だった。午後三時半には、比野町は全く一尺先も見えぬ漆黒の雲の中に包まれ、氷柱《つらら》のように太い雨脚がドドドッと一時に落ちてきた。それをキッカケのように、天地も崩れるほどの大雷鳴大電光が、まるで比野町を叩きつけるようにガンガンビンビンと鳴り響き、間隔もあらばこそ、ひっきりなしにドドドンドドドンと相続いて東西南北の嫌いなく、落ちてくるのだった。
北鳴四郎は、勇躍して高櫓の上に攀《よ》じのぼった。彼は避雷針下
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