ど謙遜と同情の態度を失わず、英三とお里とを反って恐縮させた上、最後に、彼等夫婦が想像もしていなかったような好ましい提言をした。それはこの比野町の西端に、新築の二階家があって、それを抵当流れで実は建築主から受取ったものの、自分はこの町に住むつもりはないので、空き家にして放っておくより法がない有様である。もし差支《さしつか》えなかったら、焼け出されたのを機会にといっては失礼だが、家賃なしでそこに住んでいてくれぬか。家が荒れるのが助かるだけでも自分は嬉しいのだがと、四郎は誠実を面《おもて》に現わして説明した。
 この思いがけない申出に、行き所に悩んでいた英三夫妻は内心躍りあがらんばかりに喜んだがともかくその場は明答を保留することとした。そして再会を約して、穏かな一失恋者を門口《かどぐち》まで送っていったのであった。
 四郎は外に出ると、暗闇の中でニヤリと薄気味の悪い笑いを口辺《こうへん》に浮べた。
「……今に見て居れ。……沢山驚かせてやるぞ!」
 彼は口の中でそれを言って、獣《けだもの》かなにかのように低く唸った。――そして彼は、スタスタと歩を早めて、町外れの松吉の住居《すまい》さして急いだ
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