のであった。
その頃、松吉は家の中で、まるで熟柿《じゅくし》のようにアルコール漬けになってはいたが、その本心はひどく当惑していた。その原因は、膳を距《へだ》てて、彼の前に座を占めている真々川化助《ままかわばけすけ》に在った。
7
化助は、深酔に青ざめた顔をグッと松吉の方に据え直しながら、ネチネチと言葉を吐くのであった。
「おう……俺を見忘れたか。手前なんかに胡魔化《ごまか》される俺と俺が違わあ……どうだ、話は穏かにつけよう。あの青二才から捲き上げた金を五十両ほど黙って俺に貸せッ」
松吉は、顔一杯を顰《しか》めて、グニャリとした手をブランブランと振りながら、
「こら化助。お前はとんだ思い違いをしているぞ。この儂は、まだ鐚《びた》一文も、四郎から受取っちゃ居ねえのだ。これは本当だ」
「嘘をつけッ、このヒョットコ狸め! 誰がそれを本当にするものかい」
「……だから手前は酔っているんだ。……お前も知ってのとおり、四郎に請負った仕事は、たった一ヶ所だけ済んだばかりだ。約束どおり、あと二ヶ所の約束を果さなきゃ、四郎の実験は尻切れ蜻蛉《とんぼ》になるちゅうで、つまりソノ……お
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