た。
櫓を組みかけた工事場では、縄を腰簑《こしみの》のように垂らした人夫が丸太棒の上からゾロリゾロリと下りてくるのが見られた。傍《かたわら》に繋《つな》がれた馬は轅《ながえ》を外されて、人家の軒の方に連れてゆかれようとしている。そこへ工事監督の松吉がバラバラと駈けてきた。
「ねエ、北鳴の旦那。……これはちょうど夕立が来ますから、皆を休ませますよ」
「休ませちゃ困るな。まだ三十尺も出来てないじゃないか」と北鳴は苦がい顔をした。「よしッ、今日一杯に百尺の櫓が出来れば、百両の懸賞を出す」
「えッ、百両」と松吉が驚く。
「ほう、百両の懸賞!」と稲田仙太郎も共に驚いた。なんという思い切ったことをする北鳴だろう。ワンワン金が唸っている彼の懐中が覗いてみたいくらいだった。
「じゃ、やりましょう。……オイ皆、休んじゃいけないぞ。後で一杯飲ませるから、なんでも彼《か》でも、今日中に組みあげてしまうんだ」
しかし人夫はなかなか動こうとしなかった。この土地は、甲州地方に発生した雷の通り路になっていた。折柄《おりから》の雷のシーズンを迎えて、高い櫓にのぼるには、相当の覚悟が必要だった。
人夫の逡巡《しゅ
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