なられようとは、遉《さすが》の私も全く思いがけなかった」
「はッはッはッ。なにを仰有《おっしゃ》います。……」
 北鳴は身を後へ反らせながら、晴れやかに笑った――つもりだったが、その高らかな声の中に依然たる空虚な響の籠っているのが隠せなかった。
「……聞けば、博士論文を書くため、この町へ帰って来られたそうだが、この高い櫓も、その博士論文の実験に使うとかいう話を聞きました。私の家の二階からは、丁度この二つの櫓が、よく見えるので……どっちも私の家から丁度同じ位の距離ですナ……それで御機嫌伺いかたがたやって来ましたが、仕事のお閑《ひま》には、ぜひ家へ寄って下さい。婆も、貴方に一度お目に懸って、是非《ぜひ》一言お詫びがしたいといっていますわい」
「お詫びなどと、そんな話はよしましょう。……しかしお薦めに従い、近いうちにお邪魔に上りますよ」
 そういう話のうちに、さっき西空に投げだしたような黒雲があったと思ったが、それがいつの間にやらグングンと黒い翼を拡げてしまって、誰が見ても相当物凄い夕立の景色になってきた。サッと一陣の涼風が襟首のあたりを撫でてゆくかと思うと、ポツリポツリと大粒の雨が降って来
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