丸太は、すべて松吉の所有になる約束だったから、なんのことはない、人夫の手間以外は、まる丸儲けの形だった。
「やあ、北鳴の四郎さんじゃありませんか。これはお久しゅう」
といって、工事を指図している北鳴のところへ近づいてきた商人体の老人があった。
「ああ、私は北鳴ですが貴方は誰方《どなた》でしたかナ」
といって、北鳴は藤の洋杖《ステッキ》の頭についたピカピカする黄金の金具を撫でながら、訝《いぶか》しそうに応えた。だがその言葉の語尾は、なんとなく怪しく慄《ふる》えを帯びていた。
「……ああ、お忘れになったも無理はない。私は五年前からひどい腎臓を患うたもので、酒と煙草とを断ち、身体は痩せるし顔色は青黒くなるし、おまけに白髪《しらが》が急に殖えてきて……とにかく姿は変りましたが、稲田仙太郎《いなだせんたろう》ですわい」
「稲田仙太郎?……ああ稲田のお父《と》っさんでしたか」
「稲田のお父っさん?……おお、よく云って下すった。お父さんと今でも呼んで呉れますかい。それでは貴方はこの私を憎んではいなさらぬのだナ。ああ私はどんなにか安心をしましたわい。……北鳴さん、立派になられたなア。こんなに立派に
前へ
次へ
全44ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング