うことですけれど、それなら櫓は一つでよかりそうなものだわ。二つは要らないでしょうにネ。変だわネ」
お里も、町長の高村翁と同じような疑問を懐《いだ》いていた。
「うん、そうだ。赤外線写真と云えば、君の兄さんも、しきりにあれ[#「あれ」に傍点]に凝っていたっけ」
「そうよ、雅彦《まさひこ》兄さんは、赤外線写真が大の自慢よ。……そうだ、そういえばあたし兄さんのところへ、手紙を出すのを忘れていた」
「なんだ。またかい、忘れん坊の名人が。……」
二人はそこで声を合わせて笑った。彼等の背後に、恐ろしい悪魔が、爛々《らんらん》たる眼を輝かせ、鋭い牙を剥いていようとは、古い言葉だが、神ならぬ身の、それと知る由《よし》もなかった。
英三夫妻の移った二階家から、丁度等しい距離を置いて左と右とに、同じ様な高さ百尺の櫓が、僅か一日のうちに完成した。
四郎は工事場をあっちへブラブラ、こっちへブラブラと歩きまわっていたが、非常に嬉しそうに見えた。
「北鳴の旦那。……」と、肩の重荷をまた一つ下ろした筈の松吉が、浮かぬ顔で、彼を呼び止めた。
「なんだ、松さん。……素晴らしい出来栄えじゃないか」
「ねえ旦那。儂は今度は、なんだか自暴《やけ》に気持が悪くて仕方がない。なんだかこう、大損をしたような、そしてまた何か悪いことがこの櫓に降って来るような気がして、実に厭な気持なんで……。最後の、三番目の仕事までは、旦那がなんといったって、儂は暫く休みますぜ」
「なんだ、気の弱い奴だ。この櫓に、どうして悪いことが起るものか、そんな馬鹿げたことは金輪際ないよ」
「イヤ、儂はだんだん妙な気がしてくる」と松吉は俄かに青ざめながら「どうも変だ。この櫓の上に、物凄い雷が落ちて、真赤な火柱が立つ。……それが目の前に見えるようなので。……ああッ……」
と云うと、松吉はフラフラと眩暈《めまい》を感じてよろめいた。
「なんと無学な奴は困ったものだ」と北鳴は松吉の腕を支えた。「この櫓には、学問で保証された立派な避雷針がついているんだ。神様が悪魔になったって、この櫓に落雷などしてたまるものかい。はッはッはッ、莫迦莫迦しい」
9
二度目の櫓は建ったが、北鳴四郎はそれを利用することなくして、来る日来る日を空しく送った。それは、折角待ちに待った雷雲が一向に甲州山脈の方からやってこないためだった。
その間に、
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