あそう儲りもしないが、損もしないという状態で……」
「これはサンエスの油ですネ。そして笹川扱いだ」
「ほう、よく御存知ですナ。……博士になる人は豪いものだ、何でも知ってなさる」
 北鳴は、また気味のわるい笑みをニッと浮べて、稲田夫婦をふりかえった。
「こういう油類を扱っているのなら、屋根に避雷針をつけないじゃ危険ですよ。もし落雷すれば階下から猛烈な火事が起って、貴女がたは焼死しますぞ」
「ええ、そうだと申しますネ。娘夫婦も前からそれを云うのですが、そのうちに避雷針を建てることにしましょう」
「それがいいですよ。しかしこの松さんには頼まぬがいい。この人の避雷針は、肝心な避雷針と大地とを繋《つな》ぐ地線を忘れているから、さっきの火の見梯子の落雷事件のように、避雷針があっても落雷して、何にもならぬのです。私は、こんど建てたあの櫓の上に、理想的に立派な避雷針をたてるつもりですから、是非見にいらっしゃい」
 稲田夫婦は、それをしきりに感謝していた。
「いいですネ。早く避雷針をお建てなさい」
 と、北鳴は重ねて云った。
「北鳴の旦那の櫓の上に避雷針が建てば、この近所の家は、一緒に雷除けの恩を蒙《こうむ》るわけでしょうかネ」
 北鳴には、松吉の質問が聞えたのか聞えなかったのか分らないがそれに応えないで、すっかり雨のあがった往来に出ていった。


     5


 それから二日後のことだった。
 その日は、稀に見る蒸し暑い日だったが、午後四時ごろとなって、比野町はその夏で一番物凄い大雷雨の襲うところとなった。それは御坂《みさか》山脈のあたりから発生した上昇気流が、折からの高温に育《はぐく》まれた水蒸気を伴って奔騰《ほんとう》し、やがて入道雲の多量の水分を持ち切れなくなったときに俄かにドッと崩れはじめると見るや、物凄い電光を発して、山脈の屋根づたいに次第次第《しだいしだい》に東の方へ押し流れていったものだった。
 ゴロゴロピシャン! と鳴るうちはまだよかった。やがて雷雲が全町を暗黒の裡《うち》に、ピッタリと閉じ籠めてしまうと、ピチピチピチドーン、ガラガラという奇異な音響に代り、呼吸《いき》もつがせぬ頻度をもって、落雷があとからあとへと続いた。
 その最中、町では大騒ぎが起った。
「おう、火事だ。ひどい火勢だッ」
「これはたいへんだぞ。勢町の方らしいが、あの真黒な煙はどうだ。これは油
前へ 次へ
全22ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング