名士訪問記
――佐野昌一氏訪問記――
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)どんな塩梅《あんばい》ですか。
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編輯部からこの妙な訪問記事をたのまれて、正直なところ大いに弱っている。人の話によると、佐野昌一氏と僕とはたいへんよく似ているそうで、途中で会っても佐野氏やら海野やらちょっと見分けがつかないそうである。そのように似ているため、僕はよく佐野氏に間違えられ、得をしたり、損をしたりする。得についてはともかくも、損についてはかねがねいつか氏に対し怨みをのべたいと思っていたところだったので、今日はそれを果すつもりで編輯部から教えられたとおり田村町一丁目のテキスト・ビルの三階へのぼる。階段の上に、とたんに金文字の看板があって、「佐野電気特許事務所」とある。どういうつもりか「電気」の二字が赤塗になっている。
氏は大きな革製の椅子に小さい身体を埋めて、大きな出勤簿を机上にひろげハンコを出してぺたりと捺しているところだった。
「やあ佐野さん。毎日御出勤だそうで、なかなか勤勉ですねえ。」
「いやどうも、海野先生。なにしろこの出勤簿が私の出勤を待っていると思いますと、休みたくても休めないのです。開所以来、無欠勤ですよ。」
「それはたいへんですね。ここでのお仕事はどんな塩梅《あんばい》ですか。」
「いやそれがですよ、まだ開業御披露も済んでいないのに千客万来で、休息の遑《いとま》もありません。」
「ほう。そんなに特許をたのまれますか。」
「これは内緒ですが、今のところもう出願が八つと異議申立が一つ来ています。この景気では、事務所をもっと拡げ、所員も殖やさねばなりません。」
「すると本当に仕事を頼まれているのですね。失礼ながら意外ですねえ。すると特許料など、他よりやすくしているのですか。」
「ああ礼金のことですね。あれは弁理士会の規則があって、最低料金が定められています。私のところは他の特許事務所よりも可也《かなり》たかいのです。」
「えっ、やすいのではないのですか。」
「どういたしまして。なかなか高い料金をいただくことにしています。」
「それで流行《はや》るとは、一体どういうわけかな。どうも分らない。」
「それはそれだけの値打があると思っていますよ。電気の特許に関しては、御一報次第参上して、発明者から十分間ぐらいお話を伺うだけで、あとは何も
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