御面倒をかけません。
 弁理士という職業はサーヴィス第一なんですから、なるべく発明者に面倒をかけないようにしなければならぬと思います。それだけこっちが面倒をひきうけなければならぬから、料金も高いのです。しかし会社は、高い給料を払っているこの発明者をして、特許明細書の原稿や図面を書かせるため貴重な時間を浪費させなくてすむから、たいへん利益です。とにかくうちは高いですよ。」
「高い高いなどと自分でいっていては、お客さまが来なくなりますよ。大いに勉強しますといった方がいいでしょうに。」
「勉強の方は、料金以外の方面でやるからいいではありませんか。とにかく電気特許のことなら、どちら様よりも自信をもってひきうけます。但し私としてはあまり仕事を持ちこまれない方がいい。」
 いや、たいへんな弁理士もあったものである。なるべく仕事は少い方がいいという。これでは折角《せっかく》の佐野電気特許事務所も気の毒ながら間もなく門前雀羅《もんぜんじゃくら》と相成るであろう。だがまた考え直してみると、この気の小さな男があのようなことをいうについては、なにか深く掴んでいる真理があるのかもしれない。話をしているうちに、だんだんこわくなったので、この辺が引揚の潮時だと、椅子から尻をあげた。どうやら、僕の敗退の巻らしい。



底本:「海野十三全集 別巻2 日記・書簡・雑纂」三一書房
   1993(平成5)年1月31日第1版第1刷発行
初出:「ラヂオの日本」日本ラヂオ協会
   1939(昭和14)年3月号
※初出時の表題は、「無線界名士訪問記 佐野昌一氏訪問記」です。
入力:田中哲郎
校正:土屋隆
2005年1月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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