面にぶっつける。
“未来の地下戦車長、岡部一郎”
 これだけで十二文字になる。
 この十二文字を、彼は、古新聞の両面が、まっくろになるまで、手習《てなら》いをするのである。
 一|昨日《さくじつ》も、やった。昨日もやった。今日もやった。だから、明日も、やるであろう。
 書く文字は、いつも同じである。
“未来の地下戦車長、岡部一郎”
 毎朝、この文字を三十二へんぐらいも、習うのである。
 字が上手になるためのお習字かと思うと、そうばかりではない。いや、はっきりと一郎の気持をいうと、字のうまくなることは、第一の目的ではなく、第二以下の目的だ。第一の目的は、なにかというのに、それはもちろん、本当に、未来において地下戦車長になることだった。
 地下戦車長!
 地下戦車――なんて、そんなものが有るのであろうか。
 地下戦車とは、地面の下をもぐって走る戦車のことである。そんな戦車がある話を、だれも、きいたことがない。だが、一郎は、いうのである。
「そうでしょう。どこにもない戦車でしょう。だから僕は、地下戦車を作って、その戦車長になりたいんだ。ああ、地下戦車! そんなものがあれば、どんなにいいだろう
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