。つづいてごうごうとエンジンが、まわりだした。まもなく地下戦車は、そろそろと動きだした。そして、前方二十メートルのところにある丘の腹に向っていった。
「この前のときは、地下戦車が自力で動かないものだから、牽引車《けんいんしゃ》で後から押したもんだ。こんどはちゃんと自分で走るからわしは安心したよ」
少佐は、傍《かたわら》の将校の方をむいて、眼を細くして笑った。
そのうちに、地下戦車は、三本の角《つの》みたいな廻転錐《かいてんきり》を、ぷすりと赤土《あかつち》の丘の腹につきたてた。
ぷりぷり、ぎりぎりぎり。赤土が、霧《きり》のようになって、後方へとぶ。エンジンの音が一段と高くなる。
「ほう、こんどは、岡部のやつ、なかなか鮮《あざや》かにやってのけるぞ。ほう、どんどん深く入っていくわ」
部隊長をはじめ、見学の将校団は、思わず前へ出ていった。地下戦車は、まるで雪を削《けず》るロータリー車のように、すこぶる楽々と、赤土の中へもぐっていった。そして、まもなく戦車の尾部《びぶ》が土中にかくれ、あとは崩《くず》れ穴《あな》だけになったが、その穴からは、もくもくと赤土が送り出されてきた。それもほんのしばらくで、やがて地下戦車の入ったあとは妙な崩《くず》れ跡《あと》をのこしたきりで、戦車が今どんな活動をしているのか、さっぱり状況がわからなくなった。
ただどこやらから、地下戦車のエンジンの響きが聞えるのと、立っている人々の足に、じんじんじんと、異様《いよう》な地響《じひびき》が伝わるのと、たったそれだけであった。
「どうしたのでしょう」
「さあ、丘の向うから顔を出すのじゃないかなあ。まっすぐ進めば、そうなる筈だが……」
将校たちの中には、丘をのぼって向う側を見ようと移動する者もあった。しかし地下戦車はなかなか顔を出さなかったので、待ちかねて、加瀬谷部隊長がにこついている、また元の場所に戻ってきた。
「加瀬谷少佐、地下戦車は、行方不明になってしまったじゃないか。またこの前のように、土中でえんこ[#「えんこ」に傍点]して救助を求めているのじゃないか」
「いや、大丈夫でしょう。あと三十分ぐらいたつと、予定どおり、きっと諸君をおどろかすだろう」
「三十分? そうかね」
それから三十分ばかりすると、一度消えて聞えなくなった地下戦車のエンジンの音が、また聞えだした。
「おや、こっちの方角だぞ」
一行は、後をふりかえった。するとおどろくべし、後方百メートルのところの草原《くさはら》が、むくむくともちあがると見るまに、その下から盛んに土をとばしながら地下戦車の大きな背中が、ぬっとあらわれたのには、一同はおどろき且《か》つよろこんで、思わず声をそろえて、万歳《ばんざい》を叫んだのであった。
ああ、ついに実用になる地下戦車が完成したのだ。これこそ、わが機械化部隊の歴史的瞬間であった!
すっかり巨体《きょたい》をあらわした地下戦車の中から、岡部伍長がまっ赤に上気《じょうき》した顔をあらわした。彼は報告のため、加瀬谷少佐の前に駈《か》けつけ、ぴったりと挙手《きょしゅ》の礼をし、
「岡部伍長外三名、地下戦車第二号を操縦して、地下七百メートルを踏破《とうは》、只今|帰着《きちゃく》しました。戦車及び人員、異状なし、おわり」
「おお、よくやった。おれは満足じゃ」
と、少佐は、つと前にすすんで、岡部伍長の手をつよく握った。
「おい岡部、お前も満足じゃろう。とうとう地下戦車長として成功を収めたんだからなあ」
「いや、まだ成功はして居《お》りません」
「なに、成功をしとらんというのか」
「はい。操縦してみまして、まだまだ気に入らないところを沢山発見しました。自分は、さらに改良の第三号を作りたいと思います。それが完成すれば、どうやらこうやら、皇軍機械化部隊のお役に立つことと思います」
岡部一郎は、この輝かしい成功の誉《ほまれ》をしりぞけて、どこまでも謙遜《けんそん》したのは、床《ゆか》しきかぎりであった。
底本:「海野十三全集 第7巻 地球要塞」三一書房
1990(平成2)年4月30日第1版第1刷発行
※図版は、初収単行本の「未来の地下戦車長」山海堂出版部、1941(昭和16)年10月1日発行からとり、文字のみ新字にあらためました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2006年10月21日作成
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