ね」
「いや、試作|伺《うかが》いのこともあるし、予算のこともあるし、工場や資材の関係もあって、おれの思うようにはいかないんだ。なにしろ、まだわが国は貧乏国《びんぼうこく》で、資材は足りないし、製作機械もずいぶん足りないし、技術者の数も少ない。うんと整備しなければ、アメリカやソ連やドイツについていけない」
「なるほど。すると、まだまだ祈願《きがん》をしなければ、日本はりっぱになりませんね」
「そのとおりだ。――そうだ、今日は、一度この設計図を部隊長殿にごらんに入れることにしよう。おい工藤。部隊長殿は御在室《ございしつ》か、ちょっと見てきてくれ」
「はい」
 工藤は、岡部の命令で、すぐさま部屋を出ていった。
 岡部伍長は、やっと設計を終ったので、さすがにほっとして、机に頬杖《ほおづえ》をついた。すると、どこからともなく、ぷーんと、いい匂いが鼻をうった。
「おや、へんだなあ。このいい匂いは、酒だ! どこに酒があるのかしらん」
 伍長は立ちあがって、あたりを見まわした。どうも、よくわからない。彼は、鼻をくすんくすんいわせながら、机のまわりを歩きまわっていたが、そのうちに気がついたのは、工藤上等兵の机上《きじょう》にのっていたボール紙の函《はこ》であった。
「あっ、これだ!」
 函をとりあげて、蓋のところを鼻につけてみると、ぷーんとつよい酒の匂いがする。
「けしからん、工藤のやつ、いくら酒好きにしろ、こんなところに酒をかくしておくなんて……」
 岡部伍長は、顔を硬《かた》くして、工藤上等兵の大事にしている函の蓋を開いてみた。
「おや、これは何だ」
 函の中には、意外にも、たくさんの神社のお護《まも》り札《ふだ》が、所もせまく張りつけられてあった。そのお札には、“四月三日祈願”という具合に、一つ一つ日附が書いてあった。また函の一番奥には、工藤の筆跡《ひっせき》で、“岡部伍長殿の地下戦車完成|大祈願《だいきがん》。その日までは、絶対禁酒のこと”と記してあった。そして函の中には、小さい薬びんが一つ転《ころが》っていて、栓《せん》の間から、酒がにじんで、ぷーんといいかおりを放っていた。
 ここにおいて、岡部伍長は一切をさとった。工藤は、彼のため外出のたびに神社廻りをして祈願をなし、好きな酒も絶《た》って、一生けんめいに地下戦車が完成するように願をかけていたのであった。工藤が、常にこの函を大事にして、いつも身のまわりから放さなかったわけも、これでわかった。
「おお工藤。ありがとう。おれは、きっと完成してみせるぞ。ああ、ありがとう」
 岡部伍長は、思わずお札《ふだ》の入った函を、頭の上におしいただいた。


   大団円


 あらたに設計された地下戦車第二号は、それから一ヶ月のちに、実物が出来上った。
 これから半年もかからなければ出来まいと思われたのに、僅《わず》か一ヶ月で出来上ったのには、或るわけがあった。
 そのわけというのは、外《ほか》でもない、国際情勢が急に悪化《あっか》したからである。かねて○○国境方面に、世界最大を誇る大機械化兵団を集中中であった○○軍は最近にいたりついにわが皇軍陣地《こうぐんじんち》に対して、露骨《ろこつ》なる挑戦をはじめるに至り、しかも○○鉄道は、その方面へ、ぞくぞくと大兵力を送っていることが判明した。そこでいよいよここに、○○国境を新戦場として、互《たがい》に誇《ほこ》りあう彼我《ひが》の精鋭機械化兵団が、大勝《たいしょう》か全滅《ぜんめつ》かの、乾坤《けんこん》一|擲《てき》の一大決戦を交えることになったのである。そこで、機械化部隊を、さらに高度に強化する必要にせまられ、地下戦車の試作も急にいそがれることになったのであった。
 試作が出来上った岡部式の地下戦車第二号は、前回と同じく、某県下《ぼうけんか》の演習場へ引出された。
 暁《あかつき》を待って、覆布《おおい》がとりのぞかれると、その下から、地下戦車はすこぶる怪異《かいい》な姿をあらわした。
「ほう、前回の地下戦車とは、まるで形がちがってしまったな」
 と、感歎《かんたん》の声を放つ見学の将校もいた。
 こんどの地下戦車は前のものよりも、すこし重量を増して、四十トンちかくとなったが、これは主として原動機を三個に分けたためであった。
 岡部伍長と工藤上等兵のほかに、もう二名の兵があらたに、この中にのりこんだ。
 加瀬谷少佐は、この日、ことの外《ほか》、にこにこしていた。こんどこそ、この地下戦車はうまくうごくであろうと見極《みきわ》めていたからだった。
「地下戦車第二号、出発します」
 岡部伍長は車上から上半身を出して、加瀬谷部隊長の方へ報告した。少佐は、手をあげた、伍長は挙手の礼をして、旗をふると、姿を車内に消した。外蓋《そとぶた》が、ぱたんと閉じられた
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