いたね。じゃあ、みんなで土をはこぼうや」
「あたいも、やるよ」
「僕もやる。うちのお母《かあ》ちゃんがいったよ。防空壕ならうちでつくってもいいからよく見ておいでとさ。僕ここで手伝って、家でもつくるよ」
二郎の友だちの少年が、土はこびを手伝うこととなった。防空壕が出来るというので、一郎の母親も、これを叱《しか》らなかった。また、今手伝っておけば、いざ空襲《くうしゅう》というとき、その中に入れてくれるというので、土はこびに参加する少年が日ましに数をまして来たのであった。
くすぐったいのは、一郎だった。
(はじめは人間地下戦車の訓練をやるつもりだったけれど、これはとうとう防空壕をつくることになったぞ。しかし防空壕は必ず作らなければならないものだし、それにこうしてみんなで土に慣れるということはいいことだ。とにかく自分は、まっ先に立ってやらなければならない)
そう思って、一郎は、半分は地下戦車をつくる上において土になじむためと、あと半分は、これを利用して、防空壕をつくるためと両方に目標をおいて、相《あい》もかわらず、穴の奥へはいりこんで、土を掘っていった。
「ははあ、これが本ものの赤土だな。本当に赤いや」
ぐさっと、シャベルを土の中に突き入れる。
「赤土は、きれいなものだ。おや、また、水が出てきたな。どうも、このへんに、地下水のみちがついているらしい。防空壕のほかに、井戸を掘ってもいいなあ」
ぐさっと、またシャベルを土の中に突きこむ。土が、天井から、ぱらぱらと落ちる。蝋燭《ろうそく》の灯が、ゆらゆらと、消えそうに揺れる。
「もう、ずいぶん掘った。このうえは、ちょうど空地《あきち》になっているはずだ。見当をまちがって、鬼河原《おにがわら》さんの家の下を掘ると、ひどい目にあうぞ。いつだか、鬼河原さんの家令《かれい》とかいう人が、かんかんになって怒って来たからなあ、まあ、鬼河原さんの庭園はよけて掘ることにしよう」
一郎はそう思いながら、つるはしをえいッとふるったが、そのとき天井の土がぱらぱらと大量に落ちて来たと思うと、ちょろちょろ音がして上から水が落ちて来た。はて、へんなことになったわい。
人間地下戦車の行先
地下壕《ちかごう》の天井《てんじょう》から、水は、ますますいきおいよく落ちてくる。
「地下水にしては、いきおいがはげしいぞ」
と、岡部一郎は、けげんな顔で上の様子をうかがっていると、そのうちに壕の中が俄《にわ》かに明るくなった。
「おやおや、へんだな」
と思っていると、足許《あしもと》が、はっきり見えるではないか。手提電灯《てさげでんとう》の光で見えるのではない。もっと白々《しらじら》と、はっきり見える。そのうちに、壁をつたわって、なにかしら、いやに赤いものが、ちょろちょろと流れおちてきた。
「おや、いやに赤いものが、流れてきたぞ。このあたりは赤土の層だというが、いくら赤土にしても、すこし赤すぎるようだが……」
と、一郎は、ふしぎそうに、自分の足許へ流れて来たその赤いものを見ていると、それが、ぴんぴんと跳《は》ねだしたではないか。
「あれェ、赤土が、跳ねるなどということが、あるだろうか。赤土が、魚になったのかしら……」
と、一郎は、まだ気がつかない。
「ほう、金魚のようだぞ。地下金魚――なんてものが棲《す》んでいるのだろうか」
一郎は、また顔をあげて天井を見たが、そのとき、大きな音がして、天井の土が、どしゃりとくずれた。
「あっ!」
と、一郎が、とびのくのと、天井に、ぽっかりと明るい窓があくのと、ほとんど同時であった。
「これは、へんだ。ひょっとすると……」
と思っているうちに、その天窓《てんまど》が急にくらくなったかと思うと、大きな黒い材木のような怪物が落ちてきた。そして、一郎の足許で猛烈にあばれだしたから、さあ、たいへんであった。一郎の顔も服も、泥水をぶっかけられて、目もあけていられない。跳ねている怪物は、目の下半メートルもあろうという大鯉《おおごい》だった。
天井から、奔流《ほんりゅう》する水は、ものすごく、まるで天竜川《てんりゅうがわ》のようであった。一郎の膝の下は、たちまち水の中につかってしまった。そうなると、もう、逃げだすことも出来なかった。逃げだす路は、天井にあった穴のほかはなかった。
水は、いいあんばいに、腰のところでとまり、それ以上はふえなかったから、一郎は、かろうじて溺死人《できしにん》とならないですんだ。
彼は、シャベルとつるはしとを力にして、ずるずるする斜面を、天窓の方へのぼっていった。そこには、もう一郎の身体のはいるだけの大きな穴があいていた。
「よっこらしょ、よっこらしょ」
一郎は、斜面をのぼっていった。そしてついに、その天窓から、首を出してみた。
「うわッ」
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