に入って来た最初に、川丘みどりが、便所に立ったらしく一度席をあけたのを思い出した。しかしそのときは別になんとも怪《あや》しむ気にはならなかったのであった。それに今はどうして、気になるのであろうか。空席は同じ一つだが、今の場合は、みどりが気分のわるい様子で、ふさいでいるのが気になるのではあるまいか。若しそうだとすると、或いは自分も、本気でみどりを恋してるのかしら――園部や、星尾や、松山などと同じように。
 松山といえば、どうして彼は帰ってこないのであろう。なぜに川丘みどりが真蒼《まっさお》になってから、急に松山も頭が痛むなどと病気になったのであろうか。果して松山は病気なのかしら。帆村の脳髄のうちには、何時《いつ》の間《ま》にやら、さまざまの疑問が湧いているのに気がついた。いや、これは浅間《あさま》しい探偵という職業意識である。今夜は仕事を忘れて、ただ麻雀を打っているのではないか。つまらんことは考えまい。――
 そのうちに、取りのこされていた星尾と園部とみどりの三人は、もう勝負を争うことをあきらめたものか、卓子を離れて、この室を出て行った。帆村探偵は、ようやく安易《あんい》な気持になって、
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