に深い溝《みぞ》をうかべて、なにごとか、五分間ほど、考えを纏《まと》めているらしい様子だった。どこから風が来るのか、点火器《ライター》の小さい焔がユラユラと揺《ゆら》めくと、死人の顔には、真黒ないろいろの蔭ができて、悪鬼《あくき》のように凄《すざま》じい別人のような形相《ぎょうそう》が、あとからあとへと構成され、畳の上から伸びあがって帆村探偵に襲いかかるかのように見えた。
 やがて探偵は、しずかに立って松山の死んでいる室を立出でて、又コトコトと音をたてて階上へとってかえした。彼は、もうセンセイでも、ホーさんでも無かった。それは帝都暗黒界の鍵《キー》を握る名探偵帆村荘六として完全に還元《かんげん》していた。
 彼は麻雀ガールの豊ちゃん、ではない舟木豊乃《ふなきとよの》を静かによぶと、階下の惨事《さんじ》を、手短かに話をしてきかせた。声を出してはいけないと言って置いたけれども、
「まア、松山さんが死んでるんですって!」
 と驚愕《きょうがく》したので、残っていた人達は、早くも事件が発生したことを悟《さと》って、わッと一時に席を立とうとした。帆村探偵は、そこで已《や》むを得ず、名乗りをあげて
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