彼は、ふたたびとってかえすと、障子をガラリと開け、靴のままヅカヅカと、松山の寝床に近づいたが、ポケットから点火器《ライター》をとりだして、カチッと火をつけると、左手で静かに枕元の方へさしだし、一方の右手を伸ばして夜具《やぐ》の襟《えり》をグッと掴《つか》むと、ソッと持ちあげてみた。
「呀《あ》ッ――」
点火器《ライター》の淡黄色《あわきいろ》い光に照し出された一つの顔は、たしかに松山虎夫の顔であるには相違なかったけれど、そこには最早《もはや》あの活々《いきいき》とした朗《ほがら》かなスポーツ・マン松山の顔はなかった。顔面はドス黒く紫色に腫《は》れあがり、両眼は険《けわ》しくクワッと見開いて見《み》え能《あた》わざる距離を見つめていた。喘《あえ》ぎ終った位置に明け拡げられた大きな口腔《こうくう》のうちには、弾力を喪《うしな》った舌がダラリと伸びていた。真白な美しい歯並には、ネバネバした褐色の液体が半ば乾いたように附着していた。
「すっかり事切れている――どうやら中毒死のようだ。自殺か、他殺か。……」
流石《さすが》に彼は狼狽《ろうばい》もみせず、大きい声も立てず、だが眉宇《びう》の間
前へ
次へ
全38ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング