が殺人事件とは気づかず、ぼんやり眺めていたという其の場の次第は、およそ次にのべるようなものだった。
     *   *   *
 それは蒸《む》し暑い真夏の夜のことだった。
 大東京のホルモンを皆よせあつめて来たかのような精力的《エネルギッシュ》な新開地《しんかいち》、わが新宿街《しんじゅくがい》は、さながら油鍋《あぶらなべ》のなかで煮《に》られているような暑さだった。その暑さのなかを、新宿の向うに続いたA町B町C町などの郊外住宅地に住んでいる若い人達が、押しあったりぶつかり合ったりしながら、ペーブメントの上を歩いていた。郊外住宅も案外涼しくないものと見える。
 帆村探偵は、ペーブメントの道を横に切れて、大きいビルディングとビルディングの間の狭い路を入ると、突当りに「麻雀《マージャン》」と書いた美しい電気看板のあがっている家の扉《ドア》を押して入った。彼は暑さにもめげず大変いい機嫌だった。というのもその前夜で、永らくひっかかっていた某大事件《ぼうだいじけん》を片付けてしまったその肩の軽さと、久しぶりの非番を味《あじわ》う喜びとで、子供のように、はしゃいでいた。三年こっち病《や》みつき
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