いるところの窓をあけて涼んでいました。あそこは、電車の速力が加わるととても強い風が吹きこんできて、あたし、やっと気分が直ってきましたのよ」
 帆村探偵はハタと膝をうった。そのとき、強い風のため、みどりの袂《たもと》から脱脂綿が吹き飛ばされると、コロコロと転《ころが》って星尾の前に行ったのであろう。星尾は第一の綿を豊乃に盗まれたことは知らぬから、それは自分が落したものと勘違いをしてあわてて拾いあげたものであろう。すると、問題はいよいよ狭くなった。川丘みどりが麻雀倶楽部《マージャンクラブ》で拾った毒物《どくぶつ》のついた綿は、誰が落したのであるか。
 園部が星尾に対して殺意を生《しょう》じたわけが、始めてうまく説明がつくようになった。その綿は無論、園部が犯行に使ったもので、つい誤って下袴《したばかま》の間から落して、川丘みどりに拾われたものであろう。しかし、それとても彼の自白を待たぬば格別立派な証拠物はないのだ。園部のおどろくべき犯罪天才は、奇抜な方法で友の一人を殺し、他の二人の友人に濃厚な嫌疑をかけることに成功している。容易なことでは園部に自白を強《し》いることはできない。
 帆村探偵は苦しそうな呻《うめ》き声を洩《もら》しつづけて、ものの三十分も考えていたが、軈《やが》て[#「軈《やが》て」は底本では「軈《やがて》て」]急に輝かしい面持《おももち》になって立ちあがると、宿直の警官を煩《わずら》わして、雁金検事や河口捜査課長の臨席《りんせき》を乞うた上で、園部をひっぱり出した。園部は、割合《わりあい》に元気に、美しい顔をニコつかせて帆村の前にあらわれた。それは如何にも自信あり気《げ》に見えて、帆村探偵の敵愾心《てきがいしん》を燃えあがらせた。
 帆村は彼を前にして、松山虎夫殺害事件の詳細を細々《こまごま》と語り出した。
 園部は、彼の名が出ても、また彼が殺人魔として活躍している状況を詳しくのべられても、まったく顔色一つ変えなかった。
 帆村探偵はソロソロ自《みずか》らの仮定が不安になってきたが、今に見ろと元気を鼓舞《こぶ》して、最後の切り札をなげだした。
「ところが、巧妙なる犯人が、唯《ただ》一つ気がつかなかったことがある。それはこれです」
 と彼はピンセットの尖端に針のとれた鋲《びょう》の頭をつまみあげて云った。
「この鋲の頭には二つの指紋がついていたのです、よろし
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