ていました。鑑識係《かんしきかかり》にしらべさせたところ、例の毒物がついていたのです」
「星尾に当ってみたかね」と検事が訊いた。
「早速当ってみました。が、白状しません」
「そりゃそうだろう。星尾には松山を殺す動機がすこし薄弱《はくじゃく》すぎる」
「そうでもありませんよ、雁金さん。星尾は理科の先生です。科学的なことはお得意の筈です。それに星尾の父親というのが神戸に居ますが、これは香料問屋《こうりょうどんや》をやって、熱帯地方からいろいろな香水の原料を買いあつめては捌《さば》いているのです。阿弗利加《アフリカ》の薬種《やくしゅ》を仕入れる便利が充分あります。それから星尾は、すこし変態性欲者だという評判です。それから湯呑み茶碗をひっくりかえしたのも、兎《と》に角《かく》、彼でした。彼の犯行現場が帆村さんの眼に入らなかったのは先生|背後《うしろ》を向けていたからです」
そう云えば帆村は、星尾の牌《パイ》がよく見えるところから、そればかりに気をとめて、其の行動には余り注意をしていなかった。警部の指摘した証拠は、たしかに星尾に濃厚な嫌疑をかけてよいものだった。
そこで一同の前に星尾が引っぱり出されることになった。脱脂綿と毒物の出所《でどころ》について自白を迫ったのであったが、彼は中々思うように喋《しゃべ》らなかった。しかし警部が、物馴れた調子で彼に不利益な急所をジワジワと突いてゆくと、流石《さすが》にたまりかねたものと見えて、彼はとうとう口を開いた。それは検事たちの思いも設《もう》けぬ種類のことがらだった。
「実は、あの綿は、麻雀を打っているときに、みどりさんの袂《たもと》から盗みだしたのです。毒物については存じません」
赤くなったり青くなったりして星尾の物語るところは、満更《まんざら》嘘《うそ》であるとは思えなかった。彼はその変態性欲について大いに慚愧《ざんき》にたえぬと述べて、汗をふいた。
それで彼の嫌疑《けんぎ》は晴れたわけではなかったが、兎《と》に角《かく》、みどりに綿と毒物の事を訊問《じんもん》してみることにした。彼女は、すこし取乱している態《さま》で、昨夜彼女を連れて来た刑事に助けられつつその席についた。取調べによって彼女はこんな風に弁明した。
「わたしは昨日から……」とすこし言い淀《よど》んでいたが、「実は月経《メンス》になっていたのです。だから脱脂綿
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