、御迷惑ながら、係官が到着して一応取調べがすむまで、御一同は一歩たりともこの室から外へ立出でないように願いたいと申渡して、一同を制した。一方、電話で、この変死事件を所轄警察《しょかつけいさつ》へ急報すると共に、別室に居たこのビルディングの番人に、とりあえず、死体のある室を守らせた。そして今にも泣き出しそうな顔をしている豊乃を促《うなが》して、特別麻雀室の入口に立たせ、室内はすべて其儘《そのまま》にとどめさせた。
「シンチャン達の家を知っているかい」
 と帆村は、豊乃に訊《き》いた。
 豊乃は、しばらくためらっている様子であったが、それからウンと黙って首を縦《たて》にふってみせた。
 帆村は、事件の参考人として、さきに帰って行った星尾、園部、川丘みどりの三人を、出来るだけ早く、この場へ召喚《しょうかん》することが必要であると思った。豊乃の語るところによると三人は、ここから十五町ほどある道を市内電車で終点までゆき、そこから急行電車に乗りかえて三つ目のA駅で星尾は降り、小暗《こぐら》い田舎道《いなかみち》を五丁ほど行った広い丘陵《きゅうりょう》の蔭に彼の下宿があるそうである。次のB駅に園部は降りる。家は駅のすぐ近くで、両親のもとに住んでいる。そのまた次のC駅で、川丘みどりは降りる。駅の前を斜に三丁ほど入ったところに彼女の伯母の家があって、そこに寄寓《きぐう》しているとのことであった。
 帆村探偵は、改めて電話を署にかけると、彼等の帰宅を擁《よう》して、即刻《そっこく》現場へ連れ戻ってほしいと希望をのべたのであったが、それは直ぐさま承諾された。


     3


 帆村探偵は、それがすむと、一秒も惜しいという風に、階下へ降りて行って、松山の屍体を入念に調べあげた。別に特別の発見もなかったが、唯一つ、右の拇指《ぼし》の腹に針でついたほどの浅い傷跡《きずあと》があって、その周囲だけが疣状《いぼじょう》に隆起《りゅうき》し、すこし赤味が多いのを発見した。これは松山が、白布《しろぬの》の張りかえのときに「痛いッ」と叫んだところのものであろうが、その傷はいつ頃からこうして出来ていたものか、詳《たし》かでなかった。毒物は、口から入ったか、注射されたか、またはこうした傷口から入ったのであるか、それは興味深い問題であるが、帆村探偵はこの傷跡をちょっと重大視したのである。
 屍体の調べが
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