くせに、気の利かぬことじゃ。尤《もっと》もアメリカの軍人というやつは……」
「おっと、皆まで仰有《おっしゃ》いますな。それよりもさっき申上げた不沈軍艦《ふちんぐんかん》の件ですが、博士のお力で、左様《さよう》なものが出来るでございましょうか。それとも覚束《おぼつか》のうございますかな」
特使は、わざと博士の気にさわるような言葉を使う。
「つまらんことを訊《き》くものじゃない。この世の中にわしに出来ないものなどは、一つもないわ。不沈軍艦なぞ造ろうと思えばわけはない。十ヶ月の猶予《ゆうよ》期間さえあれば、不沈軍艦一隻、なんの造作《ぞうさ》もなく造って見せるわ」
と、博士は例によって、至極《しごく》事《こと》もなげに言ってのける。
「えええッ」
と、仰天《ぎょうてん》し、狂喜《きょうき》したのは、かの特使であった。
「本当でございますか、それは……あのう、十六吋の砲弾、いや十八吋の砲弾、二十|吋《インチ》の砲弾をうちこまれても沈まないのですぞ」
「砲弾をいくらうちこんでも、一つだって穴が明《あ》きはしない」
「えええッ。そいつは豪勢《ごうせい》ですね。いや砲弾ばかりではない。空中からして、日本空軍のまきちらす重爆弾が雨下命中したらば、どうなりますか」
「たとえ幾十発幾百発の重爆弾が落ちてこようとも、あとに一つの穴だって明かない。絶対に大丈夫だ」
「しかし、このとき空中魚雷を抱《いだ》きたる日本の攻撃機数十台が押し寄せ、どどどっと、空中魚雷を命中させ……」
「穴は明きません」
「続いて、果敢《かかん》なる日本潜水艦隊が肉薄《にくはく》して、数十本の魚雷を本艦の横腹《よこばら》目がけて猛然と発射するときは……」
「大丈夫だといったら、大丈夫だ。しかし大統領にこういいなさい。たしかに不沈軍艦一隻――しかも排水量《はいすいりょう》九万九千トンというでかいやつを造ってお渡しする。しかしわしは、これを金銭《きんせん》づくで作ってやろうというのではない……」
「わかっています。燻製肉の一件……」
「いや、燻製肉の代償《だいしょう》を欲しているわけでもない。慾心《よくしん》で、それを造ってあげようというのではない」
「すると全面的に、わがアメリカを援助せられて……」
「自惚《うぬぼ》れてはいかん。とにかくこの代償として、わしはルーズベルト大統領がいつも鼻の上にかけている眼鏡を貰いたい。と、そういって伝えてくれ」
「えっ、不沈軍艦一隻と大統領の眼鏡との交換だと仰有るのですか。それは又、慾のない話です。ああわかりました。絵に描いた不沈軍艦を渡してやろうというのでしょう」
「ちがう。わしは嘘をいわん。真正真銘《しんしょうしんめい》の九万九千トンの巨艦だ。立派に大砲も備《そな》え、重油《じゅうゆ》を燃やして時速三十五ノットで走りもする。見本とはいいながら、立派なものじゃ。あとはそれを真似《まね》て、それと同じものをアメリカでどんどん建造すればよろしい。わしを信用せよ」
「ほ、本当でございますか。ほほほっ、それはまた夢のようだ。すると、やがてわがアメリカは九万九千トンの不沈軍艦を百隻作って、太平洋に押し出すのだ。こいつは素晴らしいぞ。では博士、早速《さっそく》ですがお暇乞《いとまご》いをして、急遽《きゅうきょ》帰国の上、神経衰弱症の大統領を喜ばしてやりましょう」
特使は、崩《くず》れ放《ぱな》しの笑顔を、両手で抑《おさ》えるようにして、あたふたと博士の研究室を出ていった。
4
月日のたつのは早いもので、早くも、あれから十ヶ月経った。
時|正《まさ》に一九四一年二十三月であった。
ここはワシントンの白堊館《はくあかん》の地下十二階であった。その一室の中で大統領ルーズベルトのひびのはいった竹法螺《たけぼら》のような声がする。
「おい、シモンよ。シモンはいないか」
そこへあたふたと、廊下を走って、過日《かじつ》の特使シモンが駈けこんできた。
「誰だ。おおシモンか。遅かったじゃないか。まだあれは見えないか」
大統領は、せきこんで訊く。
シモンは、しきりに胸板《むないた》を拳《こぶし》で叩いていたが、やや鎮《しず》まったところで、やっと声を出した。
「ああ大統領閣下。何もかも一どきに到着いたしました」
「え、何もかも一どきにとは?」
「はあ、待ちに待ったる新軍艦ホノルル号が突如《とつじょ》ニューヨーク沖に現れました。九万九千トンの巨艦ですぞ。いやもう見ただけでびっくりします。全く浮城《うきしろ》とはこのことです。金博士の実力は大したものですねえ」
と、前特使シモンは、約束の巨艦が金博士から届いたことを知らせた。
「ふむ、そんなに大したものかのう。で、さっきお前のいった何もかも到着というのは、何を指《さ》すのか」
「ああそれは、巨艦ホノルル号も到着しましたし、それからもう一つ思いがけなく金博士も到着したことをお話しようと思ったのです」
「なに、金博士も来たか。わざわざ来てくれたとは、いやどうも全《まった》く嬉しいじゃないか。早速大歓迎の夜会を準備してくれ。燻製肉の方も特に念をいれて、よろしいところを皿に盛り上げて出すようにな」
といっているところへ、ハルの案内で、当の金博士がのこのこ部屋へ入ってきたものである。大統領は愕《おどろ》いて、ナイトガウンの襟《えり》をかきあわせながら、ベッドの上から手をさしのべる。
「やあ、ようこそ、わしがルーズベルトです。このたびは、困難なる仕事を、わがアメリカのために引受けてくだすって、ありがとう。また過日《かじつ》、金米《きんべい》会談を通じて、シモン及び余に対して示されたる数々の御厚意に深く感激しとる。さあ、まずそれへお掛け」
ルーズベルトの口調《くちょう》は、だんだん例の横柄《おうへい》さを加えてくる。
金博士は、別にそれを気にする様子もなく、安楽椅子《あんらくいす》の一つに、小さな身体を埋《うず》めた。
「この沖合《おきあい》まで、日本軍の目をかすめて持ってくるのに、ずいぶん骨を折ったよ。ホノルル号設計及び建造以上に、神経を使ったよ。まあようやくここまで持ってこられて、やれやれじゃ」
博士は、貰ったハバナ産の太い葉巻を口に啣《くわ》えて、うまそうに煙をたてる。
「金博士の御心労《ごしんろう》を謝する。で、そのホノルル号は、果して不沈軍艦であるかどうかということについて、余は如何なる証拠法《しょうこほう》によって、それを信用なし得るであろうか」
大統領は、例のねちねちした云い方で、金博士に追《せま》った。そのとき金博士は言下《げんか》に応えた。
「わけなしさ、そんなことは。どうか君の手許にのこっている主力艦があれば、それを引張りだして、どこからでもいいから、わしの持ってきたあのホノルル号を砲撃でも爆撃でも雷撃《らいげき》でもやってみたまえ。それでもし沈むようなことがあったら、わしは燻製となって、君の食卓の皿の上にのってもよろしい。さあ、遠慮《えんりょ》なく、沖合へ主力艦をくりだしたまえ」
博士は、磐石《ばんじゃく》の如き自信にみちていると見えた。
「大いによろしい」と大統領は口をとんがらかしていった。「では、余もこれから検分《けんぶん》のために出掛けよう。おいシモン。建艦《けんかん》委員を非常呼集《ひじょうこしゅう》して、試験場へくりだすようにそういえ。それから主力艦インディアナとマサチュセッツとを、すぐ沖合へ出動させよ」
命令を出すと、大統領は仕度《したく》のため別室へ入った。やがて彼は、黒のオーバーに中折帽《なかおれぼう》、肩から防空面《ぼうくうめん》の入った袋をかけて玄関に立ち現れた。
「金博士、どうぞ」
大統領は、玄関に横付になっているぴかぴか黒光りに光った自動車を指《ゆびさ》して、そこに待っていた金博士にいった。二人は車上の人となった。
「オーケー。出発だ」
自動車は走り出した。と思ったら、とたんに、ぷすーっという音がして、がくんと横にかたむき、速度が落ちた。
「狙撃《そげき》?」
と、金博士はちょっと不意打《ふいうち》のおどろきを示した。しかし大統領は割合《わりあい》におちついていた。そして冬瓜《とうがん》のような顔をしかめていった。
「どうも近頃のタイヤは、弱くて不愉快だ。なにしろ再生《さいせい》ゴムだからな」
5
新鋭戦艦マサチュセッツは大統領とその幕僚《ばくりょう》、それに金博士を乗せると、沖合さして二十三ノットの速度でのりだしていった。
「ルーズベルト君。この艦《ふね》はもっと速度《スピード》が出るのじゃないかね」
「うむ、それはその何だ、むにゃむにゃ。あああれか。あれが博士の率《ひき》いてきた驚異《きょうい》軍艦ホノルル号か。うむ、すばらしい。全く浮かべるくろがねの城塞《じょうさい》じゃ」
「うふふん、そうでもないよ」
「いや、謙遜《けんそん》に及ばん。余は、ああいう世界一のものに対して、最も愛好力《あいこうりょく》が強い」
と、ルーズベルト大統領は艦橋《かんきょう》から身体をのりださんばかりである。
「さあ、どうか御遠慮なく、あのホノルル号を砲撃せられよ」
「やってもいいのか。しかし……」
大統領が、訝《いぶか》しげに博士の方を振りかえった。
「どうぞ御遠慮なく」
「でも、実弾《じつだん》をうちこむと乗組員《のりくみいん》に死傷《ししょう》が出来るが、いいだろうか。尤《もっと》も死亡一人につき一万|弗《ドル》の割で出してもいいが……」
「弗は下がっているから、一万弗といっても大した金じゃないね。とにかくそれは心配をしないでよろしい。早速砲撃でも何でも始めたまえ。早くキンメル提督《ていとく》に命令したがいいじゃないか」
「キンメル提督? ああ神よ、彼の上に冥福《めいふく》あれ。おい、ヤーネル提督、砲撃方《ほうげきかた》始め」
「オーケー、フランキー」
と、そこで両洋聯合艦隊司令官ヤーネル提督は、電話機をとって、砲撃命令を下したのであった。
戦艦マサチュセッツとインディアナの四十センチの巨砲、併《あわ》せて二十門は、ぎりぎりと仰角《ぎょうかく》をあげ、ぐるっと砲門の向きをかえたかと思うと、はるか五千メートルの沖にじっと静止している驚異軍艦ホノルル号の舷側《げんそく》に照準《しょうじゅん》を定《さだ》めた。
「照準よろしい」
報告が、ヤーネルの耳に届く。
「うん。撃て!」
提督は耳をおさえて云った。
轟然《ごうぜん》と砲門は黒煙《こくえん》をぱっと吹き出して震動《しんどう》した。甲板《かんぱん》も艦橋も、壊《こわ》されそうに鳴り響き、そしてぐらりと傾斜《けいしゃ》した。
「命中、五発!」
驚異軍艦のまわりには十五本の水柱《すいちゅう》が立った。のこりの五発は、たしかに命中したとある。しかし驚異軍艦は、かすかに檣《マスト》をゆるがしているだけで、穴一つ明かないばかりか、砲弾の炸裂《さくれつ》した様子もない。
「おい、本当か、五発命中というのは」
大統領が、狐《きつね》にばかされたような顔でヤーネルを睨《にら》みつけた。
「た、たしかに五発命中です。ですが、どうもふしぎですなあ、炸裂しません」
といっているとき、驚異軍艦から左の方へ千メートルばかり放《はな》れたところの海面か、どういうわけか、むくむくと盛りあがってきて、それは恰《あたか》も、小さい爆雷《ばくらい》が海中かなり深いところで爆発したような光景を呈《てい》した。しかもそのむくむくは、勘定《かんじょう》してみると、都合五つあった。
「何だい、あれは」
大統領は怪訝《けげん》な顔。
そこへ、さっきから置き忘れられたような金博士が、小さい身体をちょこちょことのりだしできて、大統領に耳うちをした。
「ええっ、そ、そうか!」
大統領の愕《おどろ》きは一方ではなかった。
「ふーん、命中弾は、たちまち艦内を通り抜けて、艦底から海底へ突入、そこで爆発したのだというのか。こいつは驚異じゃ」
「何ですって?」
と、ヤーネルが大統領の歎声《たんせい》を聞き
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