に出掛けよう。おいシモン。建艦《けんかん》委員を非常呼集《ひじょうこしゅう》して、試験場へくりだすようにそういえ。それから主力艦インディアナとマサチュセッツとを、すぐ沖合へ出動させよ」
 命令を出すと、大統領は仕度《したく》のため別室へ入った。やがて彼は、黒のオーバーに中折帽《なかおれぼう》、肩から防空面《ぼうくうめん》の入った袋をかけて玄関に立ち現れた。
「金博士、どうぞ」
 大統領は、玄関に横付になっているぴかぴか黒光りに光った自動車を指《ゆびさ》して、そこに待っていた金博士にいった。二人は車上の人となった。
「オーケー。出発だ」
 自動車は走り出した。と思ったら、とたんに、ぷすーっという音がして、がくんと横にかたむき、速度が落ちた。
「狙撃《そげき》?」
 と、金博士はちょっと不意打《ふいうち》のおどろきを示した。しかし大統領は割合《わりあい》におちついていた。そして冬瓜《とうがん》のような顔をしかめていった。
「どうも近頃のタイヤは、弱くて不愉快だ。なにしろ再生《さいせい》ゴムだからな」


     5


 新鋭戦艦マサチュセッツは大統領とその幕僚《ばくりょう》、それに金博士を乗せると、沖合さして二十三ノットの速度でのりだしていった。
「ルーズベルト君。この艦《ふね》はもっと速度《スピード》が出るのじゃないかね」
「うむ、それはその何だ、むにゃむにゃ。あああれか。あれが博士の率《ひき》いてきた驚異《きょうい》軍艦ホノルル号か。うむ、すばらしい。全く浮かべるくろがねの城塞《じょうさい》じゃ」
「うふふん、そうでもないよ」
「いや、謙遜《けんそん》に及ばん。余は、ああいう世界一のものに対して、最も愛好力《あいこうりょく》が強い」
 と、ルーズベルト大統領は艦橋《かんきょう》から身体をのりださんばかりである。
「さあ、どうか御遠慮なく、あのホノルル号を砲撃せられよ」
「やってもいいのか。しかし……」
 大統領が、訝《いぶか》しげに博士の方を振りかえった。
「どうぞ御遠慮なく」
「でも、実弾《じつだん》をうちこむと乗組員《のりくみいん》に死傷《ししょう》が出来るが、いいだろうか。尤《もっと》も死亡一人につき一万|弗《ドル》の割で出してもいいが……」
「弗は下がっているから、一万弗といっても大した金じゃないね。とにかくそれは心配をしないでよろしい。早速砲撃でも何でも始めたまえ。早くキンメル提督《ていとく》に命令したがいいじゃないか」
「キンメル提督? ああ神よ、彼の上に冥福《めいふく》あれ。おい、ヤーネル提督、砲撃方《ほうげきかた》始め」
「オーケー、フランキー」
 と、そこで両洋聯合艦隊司令官ヤーネル提督は、電話機をとって、砲撃命令を下したのであった。
 戦艦マサチュセッツとインディアナの四十センチの巨砲、併《あわ》せて二十門は、ぎりぎりと仰角《ぎょうかく》をあげ、ぐるっと砲門の向きをかえたかと思うと、はるか五千メートルの沖にじっと静止している驚異軍艦ホノルル号の舷側《げんそく》に照準《しょうじゅん》を定《さだ》めた。
「照準よろしい」
 報告が、ヤーネルの耳に届く。
「うん。撃て!」
 提督は耳をおさえて云った。
 轟然《ごうぜん》と砲門は黒煙《こくえん》をぱっと吹き出して震動《しんどう》した。甲板《かんぱん》も艦橋も、壊《こわ》されそうに鳴り響き、そしてぐらりと傾斜《けいしゃ》した。
「命中、五発!」
 驚異軍艦のまわりには十五本の水柱《すいちゅう》が立った。のこりの五発は、たしかに命中したとある。しかし驚異軍艦は、かすかに檣《マスト》をゆるがしているだけで、穴一つ明かないばかりか、砲弾の炸裂《さくれつ》した様子もない。
「おい、本当か、五発命中というのは」
 大統領が、狐《きつね》にばかされたような顔でヤーネルを睨《にら》みつけた。
「た、たしかに五発命中です。ですが、どうもふしぎですなあ、炸裂しません」
 といっているとき、驚異軍艦から左の方へ千メートルばかり放《はな》れたところの海面か、どういうわけか、むくむくと盛りあがってきて、それは恰《あたか》も、小さい爆雷《ばくらい》が海中かなり深いところで爆発したような光景を呈《てい》した。しかもそのむくむくは、勘定《かんじょう》してみると、都合五つあった。
「何だい、あれは」
 大統領は怪訝《けげん》な顔。
 そこへ、さっきから置き忘れられたような金博士が、小さい身体をちょこちょことのりだしできて、大統領に耳うちをした。
「ええっ、そ、そうか!」
 大統領の愕《おどろ》きは一方ではなかった。
「ふーん、命中弾は、たちまち艦内を通り抜けて、艦底から海底へ突入、そこで爆発したのだというのか。こいつは驚異じゃ」
「何ですって?」
 と、ヤーネルが大統領の歎声《たんせい》を聞き
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