い。と、そういって伝えてくれ」
「えっ、不沈軍艦一隻と大統領の眼鏡との交換だと仰有るのですか。それは又、慾のない話です。ああわかりました。絵に描いた不沈軍艦を渡してやろうというのでしょう」
「ちがう。わしは嘘をいわん。真正真銘《しんしょうしんめい》の九万九千トンの巨艦だ。立派に大砲も備《そな》え、重油《じゅうゆ》を燃やして時速三十五ノットで走りもする。見本とはいいながら、立派なものじゃ。あとはそれを真似《まね》て、それと同じものをアメリカでどんどん建造すればよろしい。わしを信用せよ」
「ほ、本当でございますか。ほほほっ、それはまた夢のようだ。すると、やがてわがアメリカは九万九千トンの不沈軍艦を百隻作って、太平洋に押し出すのだ。こいつは素晴らしいぞ。では博士、早速《さっそく》ですがお暇乞《いとまご》いをして、急遽《きゅうきょ》帰国の上、神経衰弱症の大統領を喜ばしてやりましょう」
特使は、崩《くず》れ放《ぱな》しの笑顔を、両手で抑《おさ》えるようにして、あたふたと博士の研究室を出ていった。
4
月日のたつのは早いもので、早くも、あれから十ヶ月経った。
時|正《まさ》に一九四一年二十三月であった。
ここはワシントンの白堊館《はくあかん》の地下十二階であった。その一室の中で大統領ルーズベルトのひびのはいった竹法螺《たけぼら》のような声がする。
「おい、シモンよ。シモンはいないか」
そこへあたふたと、廊下を走って、過日《かじつ》の特使シモンが駈けこんできた。
「誰だ。おおシモンか。遅かったじゃないか。まだあれは見えないか」
大統領は、せきこんで訊く。
シモンは、しきりに胸板《むないた》を拳《こぶし》で叩いていたが、やや鎮《しず》まったところで、やっと声を出した。
「ああ大統領閣下。何もかも一どきに到着いたしました」
「え、何もかも一どきにとは?」
「はあ、待ちに待ったる新軍艦ホノルル号が突如《とつじょ》ニューヨーク沖に現れました。九万九千トンの巨艦ですぞ。いやもう見ただけでびっくりします。全く浮城《うきしろ》とはこのことです。金博士の実力は大したものですねえ」
と、前特使シモンは、約束の巨艦が金博士から届いたことを知らせた。
「ふむ、そんなに大したものかのう。で、さっきお前のいった何もかも到着というのは、何を指《さ》すのか」
「ああそれは、巨艦ホノルル号も到着しましたし、それからもう一つ思いがけなく金博士も到着したことをお話しようと思ったのです」
「なに、金博士も来たか。わざわざ来てくれたとは、いやどうも全《まった》く嬉しいじゃないか。早速大歓迎の夜会を準備してくれ。燻製肉の方も特に念をいれて、よろしいところを皿に盛り上げて出すようにな」
といっているところへ、ハルの案内で、当の金博士がのこのこ部屋へ入ってきたものである。大統領は愕《おどろ》いて、ナイトガウンの襟《えり》をかきあわせながら、ベッドの上から手をさしのべる。
「やあ、ようこそ、わしがルーズベルトです。このたびは、困難なる仕事を、わがアメリカのために引受けてくだすって、ありがとう。また過日《かじつ》、金米《きんべい》会談を通じて、シモン及び余に対して示されたる数々の御厚意に深く感激しとる。さあ、まずそれへお掛け」
ルーズベルトの口調《くちょう》は、だんだん例の横柄《おうへい》さを加えてくる。
金博士は、別にそれを気にする様子もなく、安楽椅子《あんらくいす》の一つに、小さな身体を埋《うず》めた。
「この沖合《おきあい》まで、日本軍の目をかすめて持ってくるのに、ずいぶん骨を折ったよ。ホノルル号設計及び建造以上に、神経を使ったよ。まあようやくここまで持ってこられて、やれやれじゃ」
博士は、貰ったハバナ産の太い葉巻を口に啣《くわ》えて、うまそうに煙をたてる。
「金博士の御心労《ごしんろう》を謝する。で、そのホノルル号は、果して不沈軍艦であるかどうかということについて、余は如何なる証拠法《しょうこほう》によって、それを信用なし得るであろうか」
大統領は、例のねちねちした云い方で、金博士に追《せま》った。そのとき金博士は言下《げんか》に応えた。
「わけなしさ、そんなことは。どうか君の手許にのこっている主力艦があれば、それを引張りだして、どこからでもいいから、わしの持ってきたあのホノルル号を砲撃でも爆撃でも雷撃《らいげき》でもやってみたまえ。それでもし沈むようなことがあったら、わしは燻製となって、君の食卓の皿の上にのってもよろしい。さあ、遠慮《えんりょ》なく、沖合へ主力艦をくりだしたまえ」
博士は、磐石《ばんじゃく》の如き自信にみちていると見えた。
「大いによろしい」と大統領は口をとんがらかしていった。「では、余もこれから検分《けんぶん》のため
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