絶後《くうぜんぜつご》の味をつけたものであって、この調理法は学者アインシュタインの導《みちび》き出したものであった。故《ゆえ》にこの燻製肉を一度|喰《くら》えば、あたかも阿片《あへん》において見ると同じ麻痺的症状《まひてきしょうじょう》を来《きた》し、絶対的人間嫌いが軟化《なんか》し、相対的《そうたいてき》人間嫌いと変るという文字通り苦肉《くにく》の策を含んだものであった。果してその効果がありたると見え、金博士は両眼《りょうがん》さえ閉じ呼吸《いき》もつかずに、残余《ざんよ》のノクトミカ・レラティビアをフォークの先につきさして喰うわ喰うわ……。
「そこで金博士。わが大統領のお願い申す一件のことですが、ぜひとも金博士の発明力《はつめいりょく》を煩《わずら》わして、絶対に沈まない軍艦を一|隻《せき》、至急|御建造《ごけんぞう》願いまして、当方へ御下渡《おさげわた》し願いたいのであります。お分りですかな。つまり、いかなる砲弾なりとも、いかなる重爆弾《じゅうばくだん》なりとも、はたまたいかなる空中魚雷《くうちゅうぎょらい》なりとも、その軍艦に雨下命中《うかめいちゅう》するといえども絶対に沈まない軍艦を御建造願いたいのであります。一体そういうものが、博士のお力によりお出来になりましょうか」
これに対して、博士の返答は、もとより聞かれなかった。しかし特使は、失望することなく、いやむしろ相当の自信ありげに、金博士が怪《あや》しき燻製肉ノクトミカ・レラティビアの見本全部を喰べ終るのをしずかに見まもっているのであった。
3
卓上の一切を平《たいら》げ終ったとき、金博士は嵐のような溜息《ためいき》を立てつづけに発したことであった。
今までに博士が、燻製肉を喰べて、こんな大袈裟《おおげさ》な溜息をついたことは一度もなかった。ということは、恐《おそ》るべき忌《いま》わしき妖毒《ようどく》が、今や金博士の性格を見事に切り崩《くず》したその証左《しょうさ》と見てもさしつかえないであろうと思う。
「うふふん。じ、実に美味《びみ》なるものじゃ。珍中の珍、奇中の奇、あたかもハワイ海戦の如き味じゃ。うふふん」
と、博士が暫《しばら》くめに、感にたえたようなことばを吐いた。
「そんなにお気に召すなら、見本として、もっと持参してまいりましたものを」
「そうじゃったなあ。君も特使の
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