相場では……」
「ああ、もうし、ちょっとお待ち下さい。この件を御承諾《ごしょうだく》下さいますならば、シカゴの大屠殺場《だいとさつじょう》に、新《あらた》に大燻製工場《だいくんせいこうじょう》をつけて、博士にプレゼントするとも申されて居りますぞ」
「あほらしい。シカゴは既に日本軍の手に落ちて、自治委員会が出来ているというじゃないか。お前さんは、わしを偽瞞《だま》しに来なすったか」
「と、とんでもない。ええとソノ、私の今申しましたシカゴというは、元のシカゴではなくて、今回ユータ州に出来ましたるヌー・シカゴのことです。そのヌー・シカゴの大屠殺場に……」
「これこれ、空虚なる条件をもって、わしをたぶらかそうと思っても駄目じゃ。もう帰って貰いましょう」
「空虚というわけではありませんぞ。わが大統領も、全く以て真剣なんです。その証拠には、ここに持って参りましたる燻製見本を一つ御風味《ごふうみ》ねがいたい。これはわがアメリカ大陸にしか産しないという奇獣《きじゅう》ノクトミカ・レラティビアの燻製でありまして、まあ試みにこの一|片《ぺん》を一つ……」
 と、特使は、隠し持ったるフォークとナイフを電光石化《でんこうせっか》と使いわけて、あやしげなる赤味をおびた肉の一片を、ぽいと博士の口に投げ入れるなれば、かねて燻製ものには嗅覚《きゅうかく》味覚《みかく》の鋭敏《えいびん》なる博士のことなれば、うむと呻《うな》って、思わずその一片を口の中でもぐもぐもぐとやってみると、これが意外にも大したしろものであった。燻製|通《つう》の博士がこれまでに味わった百十九種の燻製のそのいずれにも属せず、且《か》つそのいずれもが足許《あしもと》にも及ばないほどの蠱惑的《こわくてき》な味感《みかん》を与えたものであるから、かねて燻製には食《く》い意地《いじ》のはったる博士は、卓子《テーブル》の上に載っている残りのノクトミカ・レラティビアの肉を一片又一片と口の中に投《ほう》り込む。
 してやったりと、傍《かたわら》においてにんまり笑ったのは、かの特使であった。このノクトミカ・レラティビアの燻製肉こそは、カナダの国境附近の産になる若鹿《わかしか》の肉にアマゾン河にいる或る毒虫《どくむし》の幼虫《ようちゅう》を煮込《にこ》み、その上にジーイー会社で極超短波《ごくちょうたんぱ》を浴《あび》せかけて、電気燻製とし、空前
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