ぞった。そして一方の手は乳の上あたりをおさえ、もう一方の腕は高く宙をつかんだかと思うと、どうとその場に倒れてしまった。
「人を殺した。とうとう乃公は、人殺しを実演してしまったのだ!」
乃公は、床の上に倒れている女の方へ近づいた。眠ったように女は動かない。見ると衣服の胸の上に、大きな赤い穴が明いて、そこから鮮血が滾々《こんこん》と吹きだして、はだけた胸許から頸部の方へちろちろと流れてゆくのであった。――男はいつの間にか、姿が見えない。ドーアから飛ぶようにして出ていったのであろう。
「ああ、乃公は人を殺してしまった……」
乃公は呟《つぶや》いた。しかし、そのとき、どっかでせせら笑うような乃公の声を聞いたように思った。
「うん、そうだった。いま、乃公は人殺しの夢を見ているんだ。……さあ、あんまり駭《おどろ》くと、惜しいところでこの夢が覚めてしまうぞ。本当に人殺しをしたように、がたがた慄えていなくちゃ駄目じゃないか。もっと怖がるんだ。もっともっと……」
――そうこうしているうちに、乃公はそれから先の記憶を失ってしまった。女を殺した場面は以上のところまでしか覚えていない。
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