に動かなくなってしまった。
「いやに深刻な最後を演じたもんだ」
乃公はあざ笑いながら、近よって女の腰を蹴った。女は睡っているように、動かなかった。それから乃公は頭の方へ廻って、女の顔を覗きこんだ。
「おや?」
例の昔|識《し》りあった愛人だとばかり思っていた乃公は、女の横顔をみてはっとした。
「人違い……だっ」
乃公はハッと胸を衝《つ》かれたように感じたのだった。駭《おどろ》いて女の首を抱きあげて、その死顔を向けてみた。
「呀《あ》ッ、これは……」
なんというひどい人違いをしたものだ。昔の愛人だとばかり思ったが、それが大違いで、その死体の女は、紛れもなく兄弟同様に親しくしている或る友人の妻君だったではないか!
「し、しまった!」
乃公は思わず歯を喰いしばった。どうしてこれに気がつかなかったことであろう。その妻君を射殺してしまうなんて、人殺しという罪も恐ろしいには違いないが、それよりもかの親しい友人に、なんといって謝ったらばいいだろうか。
その妻君は、実に感心な女なのだった。その連れあいというのが、乃公とは随分と親しい仲ではあったが、この頃だいぶん妙な噂を耳にするのであった。
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