き乃公は、もう少しで精神病院へ強制的に抛《ほう》りこまれるところであったそうだ。いいところで気がついてよかったよ。
ところでその後だんだん調べられたが、その係官の中に杉浦予審判事というたいへん親切そうな仁《ひと》がいてね、その仁が乃公の聞きもしないことを、べらべら話をしてくれたよ。それは実に素晴らしい想像力から生れでた物語なのだ。まるで一篇のショート・ストーリーのように怪奇を極めた謎々ばなしなのさ。彼の物語の真偽はとるに足りないけれど、いかにもそのこじつけが面白いから、是非話して聞かせよう。
「お前はその二つの夢を、本当の夢だと思っているか。そして、よしんばそれが夢だとしても、その二つの夢の間に、或る不審が存在するということに気がつかないのか」
と、かの杉浦予審判事は、改まった口調で言いだしたのさ。乃公は面倒くさいから、黙っていた。すると彼は得々《とくとく》として喋りだしたものである。云うところはこうだ。
「お前は、はじめの夢で、かつての愛人を射殺し、二度目の夢では友人の妻君を殺したという。もしお前の云うとおり夢は同じことを二度以上見るというならば、その被害者が両度とも同じである筈ではないか。それが違っているのは不思議だとは思わないか」
というのだ。乃公は反対した。夢は自由である。登場人物など自由奔放に変り得るものだと言ってやった。
すると彼はまた訊ねるのだった。
「お前が最初の愛人を殺したときの光景はたいへん夢幻的に美しく、かつまた単純なものだった。しかるに二度目に友人の妻君を殺したときの光景は、あまりに現実的色彩が強すぎるではないか。この点の相違を考えるとき、なにかそこに或る作為《さくい》が盛られているとは気付かないのか」
と、ひどく真面目な顔をして云うのだった。乃公はこれを聞いた直後、こいつはいいことを云うと思った。たしかに乃公は二度目の夢の中での殺人に、かなり真実に迫るものを感じたから。だが、すこし長く考えていると、判事は些細《ささい》なことを、ひどくこじつけて論じてやがるぞと思って軽蔑を感じた。
「お前は黙っとるが、少しは僕の云うことが判るらしいね」とひとりぎめをして杉浦氏はまた語《ことば》をついだ。
「いいかね、まだまだ不審なことを並べてみるよ。第一、あの部屋を何と思う。実に変な部屋ではないか。奥に入ると、髪床にあるような大きな鏡が壁を蔽《おお
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