》っていたり、変に印象的な赤い絨毯があったり、それから椅子セットの単純な色合といい、配置といい、また花についてでもそれを云うことが出来る。一体人の住む部屋ならば、もっとこまごましたものがあるべきだが、それが見当らないし、なにしろ単純で印象的で、一度見ると、二度と忘れないようにできている。魔術師が特に設計したようなもので、部屋の形はしているが全然人間の住むに適せず、トリックのための部屋としか思われないではないか」
 という。――なあに、夢の中のことだ、単純で印象的なのは当り前だと云ってやりたかったよ、乃公は。
「どうだ、いちいちお前の胸に思いあたることばかりだろう」と予審判事はいよいよ得意であった。
「それからまだあとに、実に大きな矛盾《むじゅん》が残っているのだよ。お前がはじめに見た夢の中で、たいへん恐怖を感じた場面のあったのを覚えているだろう。実は、あのことだ。お前はピストルを手にして、鏡の中の自分の姿を見た。すると奇怪なことに、その自分の姿は、ピストルを握った手を左の胸のところまであげていた。それだのにお前自身の本当の手は、ポケットからピストルを出して握ったまま、ぼんやりとしていた。つまり自分の本当の身体と、鏡の中の映像との動作に喰いちがいのあるのを発見した。お前はそこですっかり脅《おび》えてしまった。一つの霊魂を宿している筈の実体と映像との両空間に不思議な断層を発見したために、ただ訳もなく狼狽してしまったのだ。もしお前が、常人のように気をしっかり持っていたのだったら、その空間の喰い違いに、はっとして本当のことを気付かねばならない筈だった。ここが大事なところだ。常人なら、どう思うだろう。(これは可笑しいぞ。お化け鏡ではあるまいし、鏡に映った自分の姿が、自分の演《や》りもしない動作をしているなんて可笑しいじゃないか。鏡の中に映っているのは自分の姿ではないのだ!)と気がつかなければならん。つまりその大鏡は鏡にあらずして、実はその硝子板の向うに、自分と同じ扮装をしている別人が向い合って立っていて、いかにも自分の姿が鏡に映っているように思わせているのだった。そういうことが、直ぐに判らなければならなかったのだ、常人ならばねえ」
 この話を聞いたときばかりは、流石《さすが》の乃公も、金槌《かなづち》で頭を殴られたようにはっと驚いたよ。――だが、そんな莫迦気《ばかげ》たことが
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