彼はなんでも、非常な高利で金を貸しつけて金を殖やしているそうだったし、たった一人、自宅で待っている妻君のところへもごく稀にしか帰って来なかった。妻君は心配のあまり、よく乃公のところへ来ては、いろいろ自分の到らないせいであろうからよくとりなしてくれるように、などといって、いつまでも畳の上にうっぷして泣いているという風だった。こんな人のよい、そして物やさしい女はないだろうと思った。それを一向知らないような顔付きで、うっちゃらかしておくその友人の気がしれなかった。
そんなわけだから、乃公はたいへんその妻君に同情して、機会あるたびに彼女を慰《なぐさ》めてきたのだ。そのたびに妻君は、乃公を訪ねてきたときよりはいくぶん朗かになって帰ってゆくのだった。しかしこのごろかの友人は、自分の妻君と乃公の間を妙に疑っているらしい。それは実に莫迦《ばか》げた腹立たしいことだけれど、二人きりで幾度となく、同じ屋根の下に居たということが、禍《わざわ》いの種となっているのだった。それは実に困ったことだった。
「その問題の妻君を、乃公は手にかけて殺してしまったのだ。ああ、どうしよう」
友人に会わす顔がない。殺した妻君には、さらに相済まない。それとともに、この事件によって、友人の妻君と乃公との間の潔白は、どうしたって証明することが出来なくなったのである。乃公は妻君の死体の傍に俯伏《うっぷ》して、腸をかきむしられるような苦痛に責めさいなまれた……。
「……ああ、なんたる莫迦だろう。乃公はいま夢をみて泣いているぞ」
ふと、どこかで、自分が自分に云ってきかせる声が聞えた。なあんだ、ああこれは夢だったのだ。
入口ががたりと開いて、どやどやと一隊の人が雪崩《なだれ》こんだ。その先登には、妻君の横にいた美男子がいたが、乃公の顔をみると、ぎょっと尻込《しりご》みをして、大勢の後に隠れた。
「神妙《しんみょう》にしろ!」
警官の服を着ている一隊は、乃公に飛びかかって腕をねじあげた。乃公はいよいよこれから死刑になるのだなと思いながら、いと神妙に手錠をかけられたのであった。それから先は、さっぱり記憶がない。
以上の二つの夢を聞いて、君はどう思うか。なんと不思議な話ではないか。あまりにはっきりしすぎている夢だとは思わないか。
3
静かな冬の朝だった。
陽は高い塀に遮《さえぎ》られて見えない
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